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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

まことに私たちの心は主を喜ぶ。私たちは、聖なる御名に信頼している。

見よ。の目は主を恐れる者に注がれる。
その恵みを待ち望む者に。
彼らのたましいを死から救い出し、
ききんのときにも
彼らを生きながらえさせるために。

私たちのたましいはを待ち望む。
主は、われらの助け、われらの盾。
まことに私たちの心は主を喜ぶ。
私たちは、聖なる御名に信頼している。

主よ。あなたの恵みが私たちの上にありますように。
私たちがあなたを待ち望んだときに。
(詩編33:18-22)

主よ。私と争う者と争い、
私と戦う者と闘ってください。
盾と大盾とを手に取って、
私を助けに、立ち上がってください。
槍を抜き、私に追い迫る者を封じてください。
私のたましいに言ってください。
「わたしがあなたの救いだ。」と。

私のいのちを求める者どもが恥を見、
卑しめられますように。
彼らを風の前のもみがらのようにし、
の使いに押しのけさせてください。
彼らの道をやみとし、また、すべるようにし、
の使いに彼らを追わせてください。

まことに、彼らは
ゆえもなく私にひそかに網を貼り、
ゆえもなく、私のたましいを陥れようと、
穴を掘りました。
思わぬときに、滅びが彼らを襲いますように。
ひそかに張ったおのれの網が彼を捕え、
滅びの中に彼が落ち込みますように。

こうして私のたましいは、主にあって喜び、
御救いの中にあって楽しむことでしょう。
私のすべての骨は言いましょう。
よ。だれか、あなたのような方があるでしょうか。
悩む者を、彼よりも強い者から
救い出す方。
そうです。悩む者、貧しい者を、奪い取る者から。」
(詩編35:1-10)

「ききんのときにも生き永らえさせて下さる」、「私たちがあなたを待ち望んだときに、恵みが私たちの上にありますように」…。心強い御言葉である。神は神を畏れる者たちを知っておられ、あらゆる災いから助け出して下さる。

天の経済に生きることを始めてから、歩みを確かにする秘訣は信者の心の平安にあることを理解した。神に対する信頼がどれほど確固たるものかによって、信者の歩みは変わって来る。

どのような時にも、キリストの義に立ち続けることである。神は正しい者たちがゆるがされるようには決してなさらない。誰が神の義に立っており、誰がこれを拒んでいるのか、それぞれの生き様の結果が、いずれ万人の前に明白になろう。

キリスト者の存在がどんなに嬰児、乳飲み子のように頼りなくか弱く見えたとしても、我らについておられるのは万軍の主である。嬰児、乳飲み子の賛美と証の言葉が、エリコやバビロンの城壁を陥落させるのである。

当ブログでは分析を続けて行く。そのために時間を取ってもらえるよう主に願ったが、予想していなかった方法で、それは与えられた。

他の仕事ならば、どんなものでも、他の人が代行できるが、この仕事だけは、私以外に誰もする人がいない。多くの人たちが仕事を中途で投げ出した。また、荒野で倒れた。人に非難されるのを恐れて、自分の主張を曲げた。だが、「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」(マタイ10:28)と、書かれている通り、肉なる人間に過ぎないこの世の者たちの言葉を恐れるくらいならば、神を恐れるべきではないか。十字架で神が人類に下された判決に逆らったならば、その人にはどのような末路が待ち受けていることであろうか。

人が従うべきは御言葉であって、この世の常識や道徳や、人間の作り出した主張や教えではない。にも関わらず、どれほど多くの人々が、集団的な空気のようなものを作り上げ、神に従う人々を組織的に貶め、排除し、その道を曲げようとして来たことか。神を信じて従う人の信仰そのものを嘲笑する雰囲気を作り出して来たか。この世の空気は、それ自体が、真理に目を閉ざさせるために作り上げられた偽りの体系なのである。だが、私たちはこの世の空気に従うことを拒み、あくまで聖書の御言葉に従う。

たとえすべての人を偽り者とすることになっても、私たちは神を真実な方とする。それは、私自身が神の御言葉によって義とされ、裁かれるときに勝利を得られるためである。神がこの地上を振り返って、試練の最中にも御言葉に堅く立ち続け、これを守り通した主の僕がいたことを認めていただきたいと願うからである。私は主の僕でありたいし、あり続けたいのである。だが、この願いを成就させて下さるのもまた神である。

「たとい、すべての人を偽り者としても、神は真実な方であるとすべきです。それは、
「あなたが、そのみことばによって正しいとされ、
 さばかれるときには勝利を得るため。」
と書いてあるからです。」(ローマ2:4)

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