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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

少年法改正と憲法改正 〜少年A君のために②〜

神戸児童連続殺傷事件については、以前にも一度、記事で記したことがある。その際には通りすがりに触れた程度であったが、この事件については、すでに紹介した通り、少年Aは犯人ではないとする有力な説がかなり以前からあって、権力の恐るべき犯罪 神戸小学生惨殺事件の真相というサイトをご覧になれば、このA君冤罪説は、非常に綿密で信憑性のある数多くの根拠に裏付けられていることが分かる。細部まできちんと目を通せば、この冤罪説が安易な憶測に基づくものではないと誰もが認めざるを得ない内容になっている。この事件には、未だに犯人とみなされているA君の犯行を裏付けるための物的証拠がほとんど存在しないのである。

だが、もし仮にこれが本当にA君の冤罪事件であったとして、一体、誰が、A君を犯人に仕立て上げてまで、このような大がかりな犯罪を計画せねばならなかったのか。考えられることは、警察による密室での性急な取調べの過程で発生した不幸な冤罪事件の可能性だけではない。恐ろしいのは、そのようなレベルをさらに越えて、この事件そのものが、少年法を改正して厳罰化へと導くための大がかりな世論誘導のためのきっかけとなるべく企図された国家権力によるでっちあげの事件だったのではないかという疑いが生じることである。

事件が起きたのは1997年、少年A君の逮捕後、被害者が実名で報道されたのに対し、加害者とされた少年が凶悪犯罪にも関わらず匿名で報道されるなどしたことなどもあって、「被害者の権利がないがしろにされているのに引き換え、加害者少年が少年法によって保護され過ぎているのではないか」という議論が社会に起こり、少年法に対する批判が高まった。実際に、この事件と世論による批判の後押しを受けて、2000年に少年犯罪の厳罰化を促す少年法改正が成立し、2001年より施行された。

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「さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ」  という文章で始まる、犯人が書いたとされる二通の犯行声明文は、ダンテの『神曲』や、映画『プレデター2』や、その他、さまざまな作品の引用だけから成り立っており、その他、犯人が書いたものとされる「懲役13年」にしても、論理的にも思想・哲学的にも、非常に高度な内容で、巧みな文才と技巧を表しており、およそ中学生の書ける文章ではないとの指摘がこれまで幾人もの識者によってなされて来た。

犯行声明の中で、「愚鈍な警察諸君」と、特別に警察に対して敵意ある嘲笑的な呼びかけが向けられていることや、「吊るされる」、「本命」などの警察用語が声明文に使われていることを見ても、これは警察の内部犯行なのではないかとの憶測が当時より存在して来た。犯行声明文をくわえるようにして校門に置かれた被害者の小学生の淳君の頭部は、衝撃的な演出効果を狙って計算され尽くした角度で切断されており、そのようなことはプロでなければできない高度な技術を要することが指摘されている。

犯人が書いたとされる巧みな犯行声明文は、A君自身が取り調べ中に書いた作文とは思想的に似ても似つかない。さらに筆跡も、A君のものとは異なることが指摘されている。犯人の筆跡について、すぐに気づく簡単なことは、平仮名の「そ」を一画ではなく、二画に分けて書いていることであり、これは比較的上の世代の特徴であり、A君が学校教育を受けた時代には、学校ではもうすでに教えられていなかった書き方であるはずだ。従って、「そ」という字の筆跡から見ても、犯行声明文を書いた人間は、A君よりももっと前の世代に属する者なのではないかと私は想像せざるを得ない。

画像の出典:「権力の恐るべき犯罪 神戸小学生惨殺事件の真相」



しかし、仮に冤罪だとするならば、最大の気がかりは、一体、真犯人は誰かということだ。A君の無罪を推定可能とするような状況証拠はいくつも挙げられるが、真犯人につながるもっと有力な手がかりはないのか。私は、犯人の名前に含まれる暗号こそ最有力の手がかりではないかと考える。酒鬼薔薇聖斗という名前が現実にはあり得ない当て字であることは誰にでもすぐに分かるが、なぜ犯人は他でもないこのようなペンネームを使ったのか。

二回目の犯行声明文にはこう書かれていた。

「神戸新聞社へ この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた。人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、 暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。…」

この声明文は、犯人の自己顕示欲の強さを表しているだけでなく、犯人はそこで自分の名前は「オニバラ」ではなく「サカキバラ」と読まなければならないと、「読み」が重要な意味を持つことを示唆している。ここから推測できることは、やはり、真犯人は酒鬼薔薇聖斗という名前の中に、自分自身を特定できる何らかのヒントをこめたのではないかということである。そもそも、犯人は犯行声明の中で、自分を探し当てられるかどうかは、「愚鈍な警察」に対する「ゲーム」であると挑戦を突きつけており、自分の名前が、「暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である」と述べており、従って、この名が真犯人の特定につながる決定的な何らかの手がかりとなるものと考えることは何ら不思議ではない(本命とは、本名の意味でもあり、同時に、真犯人の名であることを示す警察用語だ。)

そこで、私に思い思い出されるのは、子供時代に文通していたクラスメートが、自分の姓名をアルファベットに置き換え、それを分解して、新たに別な名前に組み立ててそれをペンネームに作っていたことであった。酒鬼薔薇聖斗という名前は、同じように、本名をもとに組み立てられたペンネームなのではないだろうか。なぜだか分からないが、子供でも考えつきそうなこの推論は、どの資料においても行われていなかった。これはあくまで推論に過ぎないとはいえ、考える余地はあることだろう。

酒鬼薔薇聖斗の名を、SAKAKIBARA SEITO とアルファベット表記し、このアルファベットをバラバラに分解して組み立て直したとき、どのような名前が出てくるかを試してみてほしい。

何通りもの名前に組み立て可能であるが、その中から日本人の名前として自然に聞こえる候補を出してみるとどうなるだろうか。たとえば、SIBASAKA KEITARO といった全く別の名前が割り出されるのだ。

ちなみに、インターネットの負の側面として、A君の実名が公にされてしまっているが、その名は、酒鬼薔薇聖斗のアルファベット表記とは何の関連性もなかった。そんなこともあって、やはりあらゆる角度から見て、私には酒鬼薔薇聖斗はA君とは全く別人であるのではないかという疑いがさらに強まってならない。この事件はきちんと再考されなければならないのではないだろうか。

<アルファベットから導き出される名前のサンプル>

シバサカ ケイタロー

イシカベ カサタロー(サカタロー)

サカキバラ トシエ

カバサキ セイタロー

カサカベ カイチロー

ササカベ カイチロー

 

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