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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

これがエクレシアだ!

 昨日は、映画「精神」の最終上映日だった。危うく忘れるところだったが、ぎりぎり滑り込んだ。地元で撮影された映画とあって、結構な人数が観に来ていた。終わった時、観客の中には泣いていた人もいたようだ。だが、私にとっては重すぎたこの映画の内容については、今は何も語れそうにない…。

 当初、残る時間で買い物をする予定であった。こちらに来てから、はや1年が経とうとしているのに、私は未だ岡山の地理についてほとんど知らない。今日、初めて、路面電車に乗った。100円でわずか三駅ほど走っただけだが、懐かしい感じがした。大阪には路面電車はない。モスクワでは路面電車を使わずにはどこにも移動できなかった…。

 楽器店で、何ヶ月も前から気になっていた楽譜を買う。それでも、まだ沢山時間が残っている。だが、地下街や商店街を買い物して歩く気にはなれなかった。それは、ある荘厳な出来事が私の心を捉えて離さなかったからだ…。

 「エクレシアとは何か。」
 その実体が、これほどに胸に迫って来た日はなかった。エクレシアのことを思うだけで、涙せずにいられないほどの感動を覚え、神に召し出された花嫁としての教会が、あまりにも強く私の心を捉えたので、他に何一つ考えることができなくなった。私は待合室の静かなベンチを探し、そこでただ呆然と主の御業を思った…。

 山谷少佐が「続・目カラ片鱗ノ剥落スル事」の中で、その時に、私が考えていたのと全く同じ事を書いておられるのが、重ねて驚きである。私の駄文をご引用下さっているようだが、山谷少佐のコメントだけをご参照いただきたい。以下、引用。

「私は主のもの。あの人も主のもの。そこにあるのは、ただ、主の至高の愛である。
この愛の下に置かれているのが、本然のエクレシアなのだ。
それは、伝統とか機構とか制度とかには、よらないものである。
もちろん、そういうシステムが、この『中間の時』には必要とされているけれども、本然のエクレシアの『本質』は、そういうことどもの中には、ない。『本質』は、ただ、主の至高の愛の中にあるのだ。

ある兄弟たちは、人為的に伝統や機構や制度を『合一』のものにしようとして、苦心惨憺したが、どうも上手く行かなかった。本然のエクレシアの立場からすれば、その努力は徒労だったということであろう。
なぜなら、主の至高の愛において、兄弟姉妹はそもそも最初から『一』であり、また、永遠に『一』なのであって、決して分割されることが出来ないのだから。
というのは、主の至高の愛が、分割され得ないものだからである。」

 読者はご存知かと思うが、私は近々、これまで一度もお会いしたことのない信仰の兄弟たちのもとに出かけようとしていた。しかし、今の今まで、私には自分のしようとしていることの意味が、何も分かっていなかった。
 告白すべきことは、私は今日に至るまで、エクレシアとは何であるかを、ただ文字の上でしか知らなかったということだ!

 私の知っていた教会とは、あまりにも、薄っぺらでお粗末なものであった。それは多分、教会と呼ばれるべきでさえなかったろう。たとえば、日曜日の午前10時半に、眠い目をこすりながら、礼拝堂へ駆けつける。かなりの期待を持って、説教に耳を傾けてはみるものの、ナニカガチガウ、と、心は満たされない。気を取り直して、午後の部会に出席し、信徒との交わりに期待をかけるが、さらに、コンナノハマヤカシダ、との苛立ちが心に去来する。それでも、何とか気を取り直し、仲の良い信仰仲間とお茶を飲みに出かけ、率直に語り合うが、そこでも、ナニカガココニハケッテイテキニカケテイル、との虚しさが心を襲う。ついに、時間切れとなって、帰宅の途につきながら、キョウモナニモエラレナカッタ、コンナキモチノママ、アトイッシュウカンモ、スゴスノカ…と、より一層ひどくなった飢え渇きを抱えて日曜日の夜を迎える。それが私にとっての教会だった。

 そのようなことがあまりにも普通になってしまったので、私は信徒の交わりというものに、もはや多大な希望を寄せることがなくなっていた。会って、励ましあい、祈りあい、それなりに、傷つけあうことなく、有意義な時間を過ごせれば、それ以上、何を求めることがあろう。

 だが、それは本当の教会というものを知らないがゆえの、あまりに大きな誤解であった。主の視点に立って人を愛する、ということを理解した時に、私は教会の持つ重大な意味に圧倒されてしまった。
 
「私は主のもの。あの人も主のもの。そこにあるのは、ただ、主の至高の愛である。この愛の下に置かれているのが、本然のエクレシアなのだ。」

 私が出かけようとしていたのは、主が心から愛されている人のもとであった。神によって聖なる宮とされた人々のもとであった! それを理解した時、私は畏怖の念に打たれ、何メートルも後ろに後ずさりして、ひれ伏したい思いに駆られた。私の目の前にあるのは燃える柴だった!

ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」(出エジプト3:5) 

 主が臨在される聖なる地、そこがエクレシアなのだ! 私はその地を目の前にして立っていたのに、それと気づいていなかった! 自分の汚れ切った靴(セルフ)を脱ぎ捨てなければ、そこに近づくことは誰にもできない。もしも私が靴を脱ぎ捨てなければ、私は兄弟たちに利己的な感情を持って近づくことになり、それは私が神の宮に対して害意を抱くことに等しい。神は私を滅ぼされるだろう!

「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。もし人が、神の宮を破壊するなら、神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら、神の宮は聖なるものであり、そして、あなたがたはその宮なのだからである。」(Ⅰコリント3:16-17)

 一人ひとりが神の宮とされている兄弟姉妹たちの作り出すエクレシアの神聖の前に、私は深く頭を垂れずにはいられなかった。主は何と一人ひとりを深く愛されていることだろうかと、改めて思わずにいられなかった。彼らは、私にとっても、まさに命であり、希望であり、貴い宝である。会ってもいない人々に、いつの間にか、どれほどの愛情を抱くようになったことか。こんな不思議なことが起こりうるだろうか。だが、それでもまだ、神の宮としての兄弟姉妹に私は十分な敬意を払っていなかったのだ。
 不思議なことに、そう自覚したことによって、私は自分がエクレシアに近づく資格がないと感じたかと言えば、そうではなかった。むしろ、抑えがたいほどの思いで、私はかえってそこに行きたくてたまらなくなってしまったのである!

 それは、まるで遠方にいる恋人との邂逅を、指折り数えて待ち焦がれるような、居ても立ってもいられない気持ちだった。彼らのいるところに、私も行きたい。私はそこに行きたい。いや、何としても、行かなければならない。幾山河越えようとも、海を渡ろうとも、陸を徒歩で越えようとも、どんな距離があろうと、どんなに時間がかかろうとも、何としても、そこに辿りつかずには置かないというほどの強い思いだった。
 一体、私はどうなってしまったのか。人への執着心はもうとうに振り払ったはずなのだが、この恋慕の情に似た思いは何なのか。どうしてこれほどまでに、彼らに会いたくて仕方がないのか。この居ても立ってもいられない焦燥感のようなものは何なのか。これは本当に良い感情なのだろうか? 何がこれほどまでに私をそこへ呼び、惹きつけるのか。

「天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである」(マタイ13:45)
「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)

 主が呼んでおられるのだ。それ以外には、どう考えても、答えがなかった。神が召し出された花嫁を一人ひとり呼び出し、集めようとされておられるのだ。主がご自分の愛される人々に、教会として、御前に立つように、求めておられるのだ。
 その時、主が花嫁たる教会をどれほど愛され、一目でもよいからその姿を見たいとどんなに願っておられるかを、私は胸苦しいほどの思いで理解した。主は、たとえ二、三人でも、主の御名のために集まる人々を見たくて仕方がないのだ。そこに臨在されたくて仕方がないのだ。そのためにこそ、神はご自分を愛する人々を常に地上のどこかで召し出されているのだ。

 私の心の中には、信徒として主を慕う気持ちと、花婿なるキリストが花嫁を呼ばれる気持ちと、その両方がせめぎあい、抑えがたい感動が起こった。キリストとエクレシアとの結婚という、壮大な歴史を超えた物語に、ちっぽけな人間に過ぎない私の心は圧倒されてしまった。

 歴史上、いくつかの全体主義体制の下で、過酷な弾圧を受けながら、人々が命の危険を冒してまで、教会に集うことをやめなかったその理由を、私は生まれて初めて理解した。共産党政権下の中国で、なぜ集会が法律で禁止されているにも関わらず、人々は命の危険に晒されながら、地下教会を作って、集まり続けたのか。ただ励ましあうためだけに、そのようなことができるだろうか? なぜ皇帝ネロの時代に、『クオ ヴァディス』のマルクス・ウィニキウスとリギアの二人のように、競技場で火あぶりにされることをもいとわず、人々はクリスチャンとして集い続けたのか。ただ神を礼拝するだけならば、一人でもできることではないか。
 彼らは集まらずにいられなかったのだ! なぜなら、主の花嫁であることをやめることができなかったからだ!

 それは、主が彼らを花嫁として召し出されたからに他ならない。主が切に、主を愛する人々の集まる姿を見たいと望まれたのだ。そして人々はそれに応えずにいられなかったのだ。
 私は、信仰者たちが集まろうとするその理由を、今日ほどはっきり理解したことはなかった。ちょうど親指と人差し指が同じ手の平に属しているのと同じくらい確かに、私は自分がキリストの御身体の一部であることを感じる。たとえ私がそこで髪の毛一本、あるいは目に見えない細胞一つのように小さな存在に過ぎなかったとしても、そんなことには一切、関係なく、私はキリストの身体である以上、その永遠の一致の中に身を投じるために、兄弟たちのもとに出かけて行かずにいられないのだ。私は呼び出されており、その招きに応えて、その「場所」に馳せ参じずにいられない。これは何者によっても押しとどめることはできない。主がそうされているのだから!

なぜなら、主の至高の愛において、兄弟姉妹はそもそも最初から『一』であり、また、永遠に『一』なのであって、決して分割されることが出来ないのだから。

 そして、このことを思う時、あの堕落した天使は、やることなすこと全てが神の働きの亜流であり、出来損ないの模倣であるということを私は思わざるを得なかった。システムによる一致とは何か。それはエクレシアの出来損ないの模倣である。もしも共産主義が神の国の出来損ないの模倣であるとすれば、あの、冷たい、血の通わない教会、無機質で、強制的で、死んだ、機械的なシステムとしての教会は、生きて、自主性に貫かれた、何によっても消すことのできない、燃え盛る火のような愛を持ったエクレシアの、似ても似つかないコピーだとしか言えない。

 だが、死んだシステムにも、時には、生きた聖なる愛と極めてよく似た感情が宿ることがある。それは人の知性によっては、偽物と見極められないほどに、エクレシアの精巧な模型となることがあるかも知れない。バベルの塔建設には、「何事によっても押しとどめることができない」(創世記11:6)ほどの歓喜があり、誇りと、感動による一致があった。それは恐らく過酷な強制労働などによっては建設されなかったことだろう。

 バビロンとエルサレム。永遠に対立する二つの都。人為的な興奮による一致と、主が永遠の昔から定められた愛による一致。一方の人々はバビロンを求めてその興奮に群がり、私たちは聖なる都を目指して、消すことのできない主への愛と、兄弟姉妹への愛を胸に、万難を排して旅を続ける。この身を主の御前に投じるその日が、焦がれるほど待ち遠しく、心を一つにして人々と共に主の御前に集う日が、焦がれるほど待ち切れない。これだったのだ、エクレシアの正体とは。私は今日まで、そのことをただの一度も理解せずに来たのだ。

 いつかずっと前、Sugarさんが書いておられたことを覚えている。

「キリスト者のあつまりは実に単純なものです。(複雑なものには要注意)
先ず、集まる理由はただ『会いたいから』です。私達はただ兄弟姉妹に会いたいから万難を排して会いに行くのです。更に言葉を加えるとするならば、それは『私の中のキリストが他のキリスト者の中のキリストに触れたいから』なのでであり、そこには、キリストの人への愛の力が作用しているから、と言う事になるのでしょう。私達はただその理由の故に『どうしようもなく』集まってしまうのです。
そこに存在するとても自然でしかも不思議なある種の吸引力、この『単純な衝動』がキリスト者が『集まってしまう』と言う生命現象の説明です。」

 あの日曜の朝10時半から始まる、砂をかむように味気ない礼拝の記憶など、ゴミ箱に捨ててしまえば良い。焦がれるほど、そこに身を置きたくてたまらず、泣き出したいほど、愛しくてたまらず、命かけてでも、そこに集わずにいられない、愛によって結ばれた兄弟姉妹のいる聖なる場所、それがエクレシアなのだ。たとえ投獄されようとも、死の危険が待っていようと、それが何だろうと思わせるほどに、会いたくて仕方がない、集わずにいられない、召し出された者たちのために用意された命と愛に満たされた場所、それがエクレシアなのだ。不思議な愛の感動の中に、私は言葉を失って佇んでいる。
 

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