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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

和解の尊さ

 昨日、大学病院に両親とともに祖父を見舞いに行った。祖父は緑内障の進行を食い止めるために手術を行っている。今のところ、それほど悪化していないため、見舞いに行くのも気が楽であった。

 それにしても、私が時代遅れな人間であるせいかも知れないが、最近の大学病院内の設備の充実ぶりには驚かされた。病院内にスターバックス・コーヒーがある! すずらん通りと名付けられた通りがある! 寿司屋があり、美容院がある! シャワー室、トイレなどの設備の充実もさることながら、くつろぎのための施設の何と多いことかと、私はまるで観光客のようにもの珍しげに病院内を眺めて歩いた。まるで病院全体が一個の街のようだった。

 だが、奥まった通路に向かうに連れて、次第に、病院ならではの薬の臭いが鼻につき、だんだん閉じ込められるような閉塞感に襲われるのは、毎度同じであったが…。

 祖父は快適な病室で、携帯メールを打ちながら、ゆうゆうと過ごしていた。沢山の人からお見舞いのメールをもらって実に嬉しそうであった。(私などは生まれてこの方一度も携帯電話を持ったことがないというのに)。

 本当のことを言えば、眼の手術を受けるべきは祖父ではなく、私なのかも知れない。私は生まれつきの斜視(両眼視の不可)ゆえに、ものがそもそも二重に見えていることに加えて、右眼にかかっている軽い乱視が、近視の進行につれて、ますますはっきり感じられるようになりつつある。つまり、私にはものが四重に見えるようになってきているということだ。これは冗談ではなく、ひどい現実であり、そのために、眼精疲労が蓄積し、今は15分と本を読めなくなってきている。

 子供の頃には遠視のせいで、眼鏡が手放せなかったという経験もあって、今は眼鏡やら、コンタクト・レンズといった、人工的なアイテムは、できる限り、ご免こうむりたいと思っている。だが、そんな悠長なことを言っていられなくなってきた。私の左眼の視力は0.01以下、右眼も0.5を切っている。この両眼の視力の大差のためだけでも、脳内にかかる負担は膨大なものであり、本格的に視力を矯正すべき時が来ているのは明白だ。もしも両眼視不可の状態が手術によって治るなら、喜んでその手術を受けたいと思うのだが…。

 さて、祖父のいる病室で、両親と祖父との会話を、私はただ遠くから黙って聞いていた。元気に暮らしているきょうだいの消息などが耳に飛び込んで来ると、どうしても、私は今でもカルト化教会の残酷な事件がどれほど私の人生にとってロスになったかを思い出して、心に痛みを覚えずにいられなくなるのだ。

 けれども、その日、私はただそこにいるだけで十分であった。
 私は祖父を赦しており、和解の気持ちを表すために、そこへ赴いたからだ。何一つ言葉を交わさなくとも、祖父にはそのことが伝わっていた。

 一度は祖父から、「あんたは一生不幸だ!」という言葉までかけられた私であった。しかし、いつまでも人の暴言を記憶して、それを反芻しては恨み続ける苦さに比べて、和解がもたらす甘やかさは、いかほどのものだろうか。
 人を赦すということが、とてつもなく大きな特権であることを、私はその時、身を持って感じた。受けるより、与える方が幸いであるという御言葉の意味を感じた。赦されるよりも、赦すことの方が、幸せである。それを考えれば、人から非難されたことさえ、人を非難することに比べれば、幸せであった。

 私は赦すという権利を行使し、それによって絶大な心の安らぎを得た。赦しによって、相手が満足したのではなく、この私こそが深い満足を得たのだ。事件は解決した。もう犯人はいないし、被害もない。誰も不幸にならなくて良い。私にかけられた呪いの言葉は、私の内におられるキリストが受け取って無効にした。相手が投げつけた怒りと悲しみも、キリストが引き取って消化したのだ。

 ああ、非難されたのが他のきょうだいでなく、私で良かったなと、今はつくづく思う。なぜなら、キリストの十字架を信じているがゆえに、私はきょうだいの誰よりも強いからだ。私には人のいかなる悪意をも無効化する力が与えられている。キリストが私に代わってすべてを引き受けて下さるから、私にとっては、悪意も、中傷も、もはや恐ろしいものではなくなったのだ。

 もう少ししたら、カルト化教会での大失敗の経験も、痛みなしに思い出せる日が来るかも知れない。何気ない世間話を聞いて心に痛みを覚えることもなくなるかも知れない。非難だけでなく、無視や、無関心にも、動じなくなるかも知れない。私を取り巻く状況がたとえ変わらなくとも、主が共におられるゆえに、私こそは地上で最も幸せな人間なのだと、安らかに確信していられるようになるかも知れない。

 昔から人が好く、義理堅い性格であった祖父は、病室の外に出て、帰って行く私たちの姿をいつまでもいつまでも見送っていた。彼に福音の話をする機会が、この先、できるだけ早く与えられるようにと、私は祈らずにいられなかった。
 

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