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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

神へのいけにえは砕かれた魂

あるキリスト者のお便りから。

「この道にいるだけで! 
主はあなたの状況に応じて 敢えて奇跡も行われます。
(主にとって不可能なことはありません)
しかし それは必ず 決して私に『これっぽちの栄光も与えない』やりかたで です。
 (私の全く予期出来ない方法で、100% 主がなさる方法で)
 
でも、主は奇跡を行われないで、
敢えてその中で、私に『ある学課』を学ばせたい時には
主は私に対して わざと無反応です。
(ゲッセマネの主の切実な祈りに対する父のように。
あの時間帯 『無言』だけが 父の唯一の反応でした)
 その時間帯は これからのあなたにとっても 更に貴重なものとなるでしょう。

あなたに対して 全能の神の明確なみこころがあり、
それに向かって これから主はあなたに働いて行かれます。

主にとって あなたほど貴重な宝はないのです。
何故なら 主にとって あなたにしか出来ない 
この地上における明確な使命があるからです。
(イエスにしか出来ない使命があった。
 原則的には それと何らの相違もありません)
 
これは神の誠実さ、真実さと あなたに対する愛によります。
ですから、私達もこの道の中で、
出来るだけ真実に主に向かうのみ
です。
私達にそれ以外に出来ることは何もないでしょう。
 
主が欲しいのは私達の『その心』です
能力なら 主には有り余るほどあるのです
(神には超能力の天使が無数にいるではありませんか)
 
これからの 歩み、そのようにして 
ただ主を信じ、
一歩一歩 歩を踏み出して 行って下さい。
 
具体的には それが何であるのか、その行き先に何があるのか 
人にはわかりません。
(アブラムのように、見えるのは 見えない神の手)
 
そうです、
『あなたではない、私がします』なのですから。」

 私にはこの先の道が見えない。どこへ行き、何をすべきかも、今はまだ具体的に分からない。御心を尋ね求めるだけである。改めて思う、私にできることは、何もないのだと。ただ真実な心を主に捧げる以外には!
 

 

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