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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

ある姉妹との出会いと別れ(KFCをエクソダスできず、立ち戻って行った姉妹)

ここ数日は、暖かい日だったので、市内を散策した。
 一昨日は、ある姉妹が私に街の案内をしてくださった。若い頃、ご主人とのデートコースだったというこの街は、年月が経って、すっかり変わってしまったらしく、かすかな記憶をたぐり寄せながら、あちこち連れて行ってくださった。エネルギッシュなこの街は、私には大阪と神戸をごちゃまぜにしたように見える。彼女は私よりだいぶ年上なのに、疲れることもなく、むしろ、恥ずかしいことに、スタミナのない私の方が着いていくのがやっとだった。

 姉妹とは、まだ知り合って間もないので、お互いのことはよくわからない。私のブログの長すぎ、かつ、殺伐とした文章が、よほど、あまりいい印象を与えていなかったらしく、初め、
 「あなたは何でも理詰めで考える方なんですか?」
 なんて質問されたりもして、ちょっと面食らった。

 そう言えば、他の兄弟からも、「あなたの日常的なところを見せてあげたら、きっと喜ぶと思いますよ」なんて、妙なアドバイスを事前にもらっていた。一体、私という人は、兄弟姉妹からどのような印象を持たれているのだろう、よほどの変人と思われているに違いないと、首をかしげることしきりだった。

 もちろん、そんなのは最初だけのこと、話を深めるとすぐに、第一印象は吹き飛び、年齢差も、好みも消え去って、とても仲良くなってしまうのが、エクレシアの不思議なところだ。主についての話題を語りだすと、きりがない上に、あたかも、個人差が消え去ったかのように、皆が一つにされる。

 昼食を終える頃には、互いの人生にどのように神が働かれたかを聞いて、「ああ、この人も、やっぱり、主が召し出された人なんだなあ…」という確信と、親しさをお互いに感じていたのではないか、と思う。キリスト者は、外見がどれほど違っていようと、根底では、とても共通した部分を持っているはずだ。そうであるのが当然、そうならない方がおかしい。何しろ、キリストの性質が人格に織り込まれているのだから。

 私には、これまで、主にあっての「お父さん」が一人登場したが、今度は、「伯母さん」が与えられた。この家族は、一体、どこまで広がりを見せていくのだろう? 楽しみこの上ない。

 キリスト者の人生には、大変なことも随分あるが、適時に、主は楽しみを与えて下さる。とても平凡で、人には知られていないようでありながら、驚きと楽しみが尽きない人生を私たちは送ることができる。
 その姉妹も、これからの世の中は、ますます混乱に満ちたものになるだろうと予想されていた。しかし、キリスト者には、たとえ迫害の中にあっても、人知を越えた平安が与えられる。

 「神の言葉はみな真実である、
 神は彼に寄り頼む者の盾である。<…>

 わたしは二つのことをあなたに求めます、
 わたしの死なないうちに、これをかなえてください。
 うそ、偽りをわたしから遠ざけ、
 貧しくもなく、また富みもせず、
 ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。
 
 飽き足りて、あなたを知らないといい、
 『主とはだれか』と言うことのないため、
 また貧しくて盗みをし、
 わたしの神の名を汚すことのないためです。」(箴言30:5-9)


 共にこの道をしっかり歩んで行きましょうね。

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2016年追記。この姉妹も残念なことに、当時、書いていたブログを早々に閉鎖して、震災の後には、海の見える素敵な一軒家を手放して、最後には関東をも去った。筆者が出会った頃には、かなり年配の独身者でありながら、エネルギッシュで活動的な人であり、活発に仕事もしていた。しかし、その後、自分で見つけて入ったホームをも放棄して、ついには関東を去って、それほど親しかったわけでもない家族のもとに身を寄せたという話を聞いた。

結局、この人もまたルーク氏の取り巻きを離れられなかった一人なのだろうと筆者は考えている。筆者が出会った頃、すでにKFCから距離を置いていたが、精神的には離れられなかった一人である。そうした人々は結構な人数、存在していた。彼らは陰では去って来た団体のことをあれやこれやと批評し、新たな出発を遂げたように主張していたのであるが、決して公に訣別宣言をしようとしなかった。だから、精神的・霊的なつながりが、結局、最後まで絶たれないのである。

はっきり言ってしまえば、彼らが重視したのは、人情による絆、また社交クラブのような仲間内の親しい関係が断たれないことであり、神の御前で受ける便宜よりも、人間から来る便宜の方を優先したのである。だからこそ、関東を去った後までも、その交友関係のつてを辿って行ったのだろうと推測される。

2009年当時、この信者に出会って開口一番に筆者が聞かれたことは、「あなたはKFCを目当てに関東に来たのだと私は思っていた」という言葉であった。その「目当て」というクリスチャンにふさわしからぬ意地悪な意図を含んだ言葉が、筆者にとって最も心外であったことをよく記憶している(なぜなら、その頃、筆者はKFCには一度たりとも足を踏み入れていなかったにも関わらず、この姉妹はあえてそのような表現を用いたからである。)ある意味、上記に書いた交わりも、自分たちのサークルに足を踏み入れてきた新人への一種の行状偵察のような意味合いを帯びていただろうという気がする。

だが、この姉妹は、そういう挑発的な発言を相手構わず発する性癖があることを自他共に認めていた。横浜の有名な公園が改装された時には、公園の設計者に向かって自ら「前の方が良かった」と発言したと自ら語っていたほどであった。

あっけらかんとして常に開放的ではあるが、色々なことについて何度も語り合うと、常にどうにも釈然としない印象だけが残った。筆者はKFCからの追放という事件についても語ったが、この「姉妹」が筆者に勧めたのは、仲直りによってその団体に戻ったら、ということだけだったのである。2009年当時、自分自身がKFCを批判し、そこからエクソダスしたと主張していたことさえすっかり記憶から消し去っている様子であった。結局、この「姉妹」は自分は批判されないために、もうとうに離れたはずのKFC関係の人間関係を再び引っ越し先でも頼っているとのことであった。

この姉妹については、比較的最近、「あの人は家を手放したりしなければ良かったんですよ…」という評価を耳に挟んだこともあった。決して、そのような言い分を述べた人間に全面的に賛同するわけではないが、ある意味では、この評価に筆者も同意している。

上記の記事で、筆者はスタミナがなかった自分を振り返っているが、若いころにはエネルギッシュでも、我々は、老年になってどういう生活を送るのか、神と人との前で試されることであろう。生まれながらの力が衰えるままに、常識の通り、それまで獲得したものをただ手放し、生活を縮小し、衰退の一途をたどるだけに終わるのか、それとも、この地上の法則に逆らって、アブラハムのように、老年になってなお衰えず、栄光から栄光へと主の似姿に変えられるのか。

これは筆者が姉妹より若いから言うのではない。この姉妹ほどエネルギッシュでも陽気でもなく、この姉妹より年上であっても、未だ単身で活発に活動しているしている人たちも存在していることを筆者は知っている。

だから、外側から判断したときの人の生来の輝きと、内なる人の輝きは全く別物であるのだということを、今だからこそ、はっきりと確信できる。この姉妹を含め、当時、筆者が出会った人々は、ほとんどが筆者より10~20歳は年上で、人生経験も豊富で、まだまだ元気で、関東のことも、クリスチャンの交わりのことも、勝手知ったる様子で、活発に活動していた。ある意味、豊かな時代に思う存分、甘やかされたのか、尊大で、我が物顔に振る舞い、思いのままに放言していた人々も多く、そこから見ると、筆者は青二才であったのだろうと思うが、その後の数年間で、彼らは人間関係の対立が起きないことだけを第一として、自らの信仰告白や意見発表もやめ、第一線から退いてしまった。そして、それをきっかけに、彼らはそれまで歩んで来た霊的上昇の人生そのものを放棄してしまったようにしか見えないのである。ついには彼らの交わりも散り散りになって行った。彼らの信じていたものの本質が、露呈したのだと筆者は考えている。

第一印象で受けた一種の違和感は、錯覚ではなかったと今は思う。当時、姉妹が書いていたブログは「この道」という題名だったのだが、そのブログさえ、姉妹はあまりに早く辞めてしまい、書きとおすことをしなかった。実のところ、ブログは単なる趣味ではない。これは全世界と暗闇の軍勢の前での、神の正しさと勝利を証するための激しい戦いを意味する。自分はこの道を確かに貫徹しており、決して諦める意図はないという態度の表明でもある。

だが、残念なことに、ほとんどの信者にとっては、ブログは単なる貴族的趣味に過ぎなかった。だから、戦いのほんの最初のとっかかりに触れただけで、そんなものは絶対に御免だとばかりに一目散に逃げ去って行ったのである。その上で、彼らは戦場に残った信者たちの無様な戦いぶりを嘲笑する側に回った。そして、ネットで信仰告白を続けることは、無意味でむなしい所業であるかのように聖徒らの苦労をあざ笑ったのである。その罪は重いと筆者は考えている。

だから、筆者のブログに長いとか、難しいとか、ケチをつけるのは人の勝手であるが、それだけの批判が出来るのであれば、なおさらのこと、自らは初心を貫徹し、より優れた作品を残し、信念を貫き通して表明して欲しかったものである。信仰に限らず、自分ができもしないことで、人をいたずらに批判するのは高慢さの証でしかないので、やめた方が良かろう。

「KFCに一度でも関わったことのある人は、難しい」ということを述べた信者がいた。筆者はその意味が今だからよく分かるのである。KFCに関わったことのある信者たちの内側にいつまでも拭い去れない悪影響として残り続けるのは、「私は人前でみっともない失敗をしたくない。私はスマートでカッコいい生き方をして、決して誰からも嘲笑されないように、高みに座して賞賛を受け、無傷でいたい」という願望、つまりは見栄である。そして、そのような成功者としての外見をきどるために、彼らは戦いを忌避し、泥にまみれることを厭い、リスクを払わず、キリストの通られた十字架の痛み苦しみを決して負わない。そして、主の御名のために真に苦難を受けている人々を蔑む。だから、そこにとどまっている限り、彼等にはそれ以上の前進もないのである。

人が生まれ持った力や、肉的な願望に基づいて、信仰をアクセサリーのようにひけらかし、それによって自分がいかに優れて幸福な人間であって、神に愛されている信者であるかを人前に誇示するのは簡単なことである。だが、信仰も、試されない限り、決して本物にならない。この世の法則と肉の力によって手に入れただけのものは、この世の情勢が変わり、肉の力が衰えると同時に、全て消え去って行く。そのことにより、彼らが誇っていた信仰の本物度が試されるであろう。

我々はただ環境によって手に入れた幸福や、自分の外なる人の強さから来る長所により頼んで生きるのではなく、それらの肉の強さが全て尽きた後でもなお残る信仰による内なる人の強さを握って生きたいと願う。ある意味、ここに書いたことはとても厳しい言葉であるが、筆者自身も、必ず、同じように試されるのである。

2009年当時に知り合ったあまりにも多くの信者たちが、KFCなる実態もないような団体の中における自分の見栄や地位を失いたくないという願望のために、信仰の証を曲げ、戦いを退き、当初、目指していたはずの目的を放棄して、去って行った。だが、その選択が、決して本当に神に喜ばれるものではなかったことをその後の顛末から筆者は確認しているように思う。

震災以降、この関東に残り続けることには、色々な人々に安全面での心の不安もあろう。正直なところ、どうして主がこの地での筆者の生活をずっと守って下さっているのか、筆者にも分からなくなる時がある。ここにいなければ、もっと安穏とした生活が送れるだろうという気がすることもあるからだ。しかし、そうした怖れに駆られて敗退すべきではない、ということを常に思わされる。我々は自分の地歩を固め、拡大しこそすれ、それを決して縮小してはならないのだ。我々は、キリストの復活の命によって、死に逆らって立つ者である。神が信じる者に要求しておられるのは、信者を取り巻くあらゆる死の圧迫を打ち破って、力強く復活の命に立って、その勝利を生きて証明することであるのではないか。たとえ生活のあらゆる安寧を即座に手に入れたとしても、もし永遠に変わることのない価値を追い求めて生きるのでなければ、信者になった意味そのものがないと言って差し支えないと筆者は確信している。




 
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