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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

キリスト教界からエクソダスした人々~沖縄リバイバルチャーチの詐欺事件~



 ちなみに、「被害者救済ビジネス利権」が存在するのは、何もキリスト教界に限った話ではない。見渡せば、3.11以降の被災地の復興や、戦後補償も含め、実に様々な社会問題について同じ構造が横たわっていることが分かる。「被害者救済利権」というものがれっきとしたビジネスチャンスとして存在しているという認識に立たなければ、私たちは目の前で何が起きているのか、どんな風に被害者が食い物にされているか、永久に理解できないだろう。

 こうした利権を漁る人々は、大きな被害が発生した時、あたかも被害者に同情し、寄り添うふりをしながら、災害に便乗し、危機感を煽るようにして登場して来る。彼らは「問題の大きさから社会が目を背けないよう警告し、再発を防止し、被害者に手を差し伸べる」というもっともらしい題目を並べて、あたかも人々を思いやる救済者のように登場する。

 だが、実際には、こうした問題をビジネスチャンスや出世の手段に変えて行くことが彼らの真の目的なので、彼らは人々を自分に依存させることはしても、決して解放することはない。むしろ、救済や手助けという口実がなくなると、己の利権の拡大をはかることができないので、人々の問題が本当に解決されてしまうと彼らはかえって困るのである。また、問題が大きければ大きいほど、悲惨であればあるほど、世間の注目を集めやすいので彼らにとっては好都合である。いわば、人の不幸を食い扶持にし、職業にしている連中である。
 
 こうして、人々の受けた何らかの被害や、被害の恐れというものを巧みに利用して、危機感を煽ることで自らの利権を得ようとする人々が存在する。実のところ、それはキリスト教界のカルト化然り、集団的自衛権然り、放射能による被害についても然りである。こうした問題すべてについて、それを「利権」に変えようとする人々が同じように群がっている構図がある。

 彼らの真の目的は何なのか、それを明確に見抜き、拒否しない限り、被害者は何度でも容易に利用されてしまう。だから、これを避ける秘訣は一つ、自立することであると私は考えている。どんなに巨大な問題を抱えているように見えたとしても、キリストにあって自立すること、よもや指導者や救済者を名乗り出る人々に頼らないことである・・・。

 これは個人であれ、国単位であれ、原則は同じである。自分のすべての弱みと不足を主が解決してくださるという信仰の立場に立つことによって、人は容易に利用される弱点を排除することができ、また、誰にも依存せずに自由でいられる。それはただキリストご自身だけが成し遂げることのできる救いである。

 さて、話が脱線したので戻りたい。

 最初のブログを書いている頃に、幾度か沖縄の教会問題に触れた。私は裁判によって問題を解決できるという立場には立っていないが、いかに詐欺的な指導者が正しい信徒に濡れ衣を着せて教会から追放するかという点では、どこの教会も話が全くそっくりであることに驚く。

 以下は上江洌尚子さんのブログからの引用である。(なお、改行等の見かけは変更させていただいた。不思議なことに、上江洌氏のブログも突然、削除の憂き目に遭った模様である。)

沖縄リバイバルチャーチ 被害体験ブログ
2012年8月30日木曜日
消えたブログから・・

私は被害体験を公表するブログを2007年より始めていました。

カルト教会沖縄リバイバルチャーチの実態を詳細に五年間書き続けてきた私のブログが、昨年突然、何の前ぶれも無く消されてしまいました。

今回からときおり昨年消された私の過去ブログを一つ一つ、掘り起こしふたたび公表して行きます。

今回はその第一弾として、2009年4月26日に掲載した「一憶円詐欺事件の食い違い発言!」記事を掲載します。


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削除された過去ブログの再現 第一弾として

一憶円詐欺事件・新聞記事と決定的に食い違う儀間盛夫の言動

1997年3月~1998年1月までの間に、儀間盛夫牧師は長一夫詐欺グループに一憶二百万円をだまし取られたと新聞に掲載されています。実際に被害額はもっと高額であるはずだが隠蔽されている。

裁判資料「甲C大3号証の2」沖縄タイムス2004年7月16日(金)の記事によると、1997年4月第一回目 三千万円の金銭授受があったと書かれています。

その後、1998年1月までの9ヶ月の間に7回に分けて七千二百万円を長一夫グループに儀間は現金を渡したとされています。

新聞には合計8回の金銭授受が行われ一億二百万円を詐欺グループに渡したとある。
※最後の金銭授受は1998年1月と新聞には書かれている。

沖縄リバイバルチャーチ主任牧師儀間盛夫は金銭授受は1998年1月が最後だと刑事事件裁判の中で証言したのです。

しかし儀間盛夫は新聞記事に書かれている最後の金銭授受とされる1998年1月から、更に5か月たった、同年6月22日(月)沖縄リバイバル教会において新聞記事と全く異なる行動をとっていたのです。
それは6月22日、その日「会堂建築説明会・祈り会」と称して特別集会を開いていたのです。

あの当時何も知らない信徒に向かって、そこで初めて儀間盛夫は「会堂建築の手付金三百万円を支払います。」と私達信徒に向かって発表したのです。

驚くことに「会堂献金を引き続き行う」といい、「新会堂建築用地2600坪の土地購入のための手付金三百万円である」と悪びれることなく嘘をついたのです。
既に一億円以上もの途方も無い多額の献金を既に騙し取れていながら、「初めての支払いをします。」とぬけぬけと言い放ったのです。

一憶円以上も払って後に支払うお金を、「手付金」というのですか?
手付金というのですから、一番最初に支払うお金のことだということは、私にもわかります。
当時何も知らない無知で未熟な私達は「いよいよ、教会堂建築が始まるんだな!!」と皆で喜びました。

※付記
土地を教会で用意できれば、長一夫が無償で教会堂を建ててあげる。要するに長一夫が会堂を献品する約束だと儀間も言っていたし、信徒の前で長一夫もそう言っていた。

私達教会員は「土地代」の「手付金」を支払うんだと信じた。
儀間牧師の発表を聞いて、いよいよ、私たちが捧げてきた献金が動くんだと身の引き締まる思いがしたことを鮮明に記憶している。
その日、1998年6月22日「会堂説明会」の中で新会堂の大きくて立派な模型も展示された。
私達教会員は皆一列に並びドキドキしながら新会堂の模型を眺めた。

又、儀間盛夫は「教会堂視察」と称してアメリカ・韓国・ハワイ旅行に頻繁に行っていた。
儀間夫婦、長一夫・勝子夫婦、事務の屋比久宏、設計士と言われる大谷も一緒だ。
彼らは韓国で撮った写真を披露し、チョー・ヨンギと写した写真を自慢げに見せていた。
それからというもの、更に会堂献金に拍車がかかった。

しかし、それから5カ月後の1998年11月、突然、緊急集会があるとして教会から招集がかかる。
その緊急集会の中で儀間盛夫は言った。

「本物のプロの詐欺師に騙された。」
「長一夫はプロの詐欺師だった。」
「会堂建築資金一憶数千万円をだまし取られすべてを失った。」
と教会員に初めて明かしたのであった。

儀間盛夫は、この詐欺事件を発表する直前の一ヶ月間、アメリカ~南米~ハワイを回る長期旅行から戻ったばかりだった。
儀間盛夫は教会員の前で「私は自殺も考えた。」
「自殺してお前の生命保険で教会に一憶円をもどせ!!と耳元で悪魔のささやきも聞こえた。」
といって、泣き崩れんばかり、憔悴しきった様子を信徒に見せていた。
ほとんどの信徒は儀間に同情的であった。

しかし、一人だけ異議を唱えた信徒がいた。
儀間盛夫はある日の木曜日祈祷会の中で突然、公然と悪びれる様子も一切無く集まった信徒に向かって言い放った。
「私は一人の信徒から攻撃を受けている。
その信徒は今まで長年神様に捧げてきた十一献金を全部返せ!!と要求してきている。その人にはサタンが入った!」といった。
教会内は騒然とした。
皆、恐怖に震えた。

牧師を攻撃した信徒が誰なのか、すぐに一人の熱心な信
徒の名前が取りざたされた。
皆、その人に距離を置いた。
誰も彼に近づかなくなり、彼と彼の家族は無視され孤立させられた。
儀間盛夫はその人と一度も話し合うことも無く、その人とのそ家族は除名処分になった。
とても酷い扱いだったことを覚えています。

あの頃の私は、何が何やらわからず混乱していた。
「何かがおかしい」と感じていた。
しかし、怖くて真相を聞けなかった。
私はひどい扱いをされた信徒も良く知っている。
しかし、聖書を語る牧師が「嘘」をつく??
これも私には考えられないのであった。

ひどい扱いを受けたSさんの元へ何度か行ってみた。
しかし、Sさんは家族同様に付き合っていた信徒達に裏切られた。結果、私の事も教会のスパイだと思い警戒したようだ。
Sさんは教会で何があったのか一切語らなかった。
私自身も切りだす勇気がなかった。

Sさんが教会から離れたのが1998年。
それから7年後、2005年Sさんと同じことが私の身の上に起こったのです。
後悔してもはじまらない、今ならSさんの痛みがわかる

先日たまたま教会で記録していたノートを調べていたら、1998年6月22日会堂建築の「手付金3百万円」が目に飛び込んできた。
2004年4月26日の新聞に書かれている記事の内容と、儀間のやっていたことが全く違う「偽証」であることがわかりました。

教会記録ノートには・・・
「1998年6月22日付けで、手付金3百万円を支払うことを儀間盛夫が語った」ことがハッキリ書かれています。
刑事事件の裁判でも儀間盛夫は堂々と嘘をつき通したのです。
結果、儀間盛夫は被害者となり長一夫は4年間服役することになるのです。
長一夫は儀間盛夫を騙し、儀間盛夫は信徒と裁判官検察官を騙し、世の中を騙し被害者になりすましたのです。
どちらが本物の詐欺師なのでしょうか??

あの当時、「長一夫は詐欺師だ」と儀間牧師に知らせた信徒がいました。
しかし、儀間盛夫は他教会から移って来た女性信徒の言葉を無視し握りつぶしたのです。
その挙句儀間盛夫はその女性信徒の事を「霊的におかしな人」だと言いふらし彼女の発言を皆が無視するように仕向けたのです。
儀間盛夫は初めから長一夫が詐欺師であることを知っていたのです。
要するに儀間盛夫は長一夫と手を組み何か(金儲け)をしようとしたが、長一夫に裏切られたというのが真相ではないでしょうか。

詐欺にあって失ったとされる一億二百万円は、未だ戻っていません。
儀間盛夫は私たちの裁判で、尋問の際「被害額の10%戻った」と証言していたが、あの証言は嘘です。
儀間盛夫は刑事事件の裁判の中では、違う金額を証言しているからです。
その証拠資料も私は持っています。
沖縄リバイバルチャーチ主任牧師・儀間盛夫という男は平気で人を騙す嘘つき牧師です。
儀間盛夫の語ったメッセージ記録ノートにハッキリと1998年6月22日「手付金3百万円」とあります。
人はだませても神様は騙せません。
いつか必ず真実は明らかになります。

 読めば読むほどに、すでに記したKFCのDr.LukeとAG信徒の騙し合いによく似ているという気がしてならない。(ただし被害額が桁外れだが。)
 まさに聖書に書かれている通り、「悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。」(Ⅱテモテ3:13)という格好の事例である。

 詐欺的な指導者は、洞察力のある信徒に正体が暴露されそうになると、決まって自分は悪魔から攻撃を受けていると言って、信徒を悪魔扱いして追い払い、ちゃっかりと被害者になりすまし、信徒同士を分断する点が共通している。(指導者であるにも関わらず、「悪魔的な信徒」を見抜くこともできずに自ら招き寄せた無能さについてはどう弁明するのだろうか?)

 その際、気に入らない信徒へのレッテル貼りとして指導者が好んで使う言葉が「霊的におかしな人だ(霊が違う、サタンにやられている、etc.)」である。

 理屈では信徒の言っていることの方が正しく、まともに反論できないので、「霊的」という目に見えない話に問題をすりかえ、人々を思考停止させ、道理をうやむやにしようとするのである。その際、指導者は自分には他の人には見えない霊的な有様が見えているのだと言って、ありもしない自分の霊的洞察力を誇ったりもする。
  
 初めてこうした出来事に遭遇した信徒は恐れを抱くであろうし、自分が悪魔扱いされたり、敵対的な扱いをされれば、ショックも受けるであろう。場合によっては、呪いや破滅の宣告と共に追放されるわけであるから、素直な人であれば受ける衝撃も大きいだろう。

 だが、このような形で、牧師に逆らった信徒が悪魔扱いされて追放されるというのは、キリスト教界お決まりのパターンなので、本当は全く驚くに値しない。むしろ、そのからくりが分かってしまえば、魔女狩りの中世から今日に至るまで何ら変わらないあまりにお粗末で使い古された古典的なワンパターンな手法に思わず笑い出したくなる。悪魔にはその点で全く知恵がない、と私は思う。
 
 しかも、こうした教会は少し調べてみれば、過去に幾人も指導者の意に沿わない信徒を追放して来た負の歴史があることがすぐに分かる。粛清は常に過激化する傾向があるので、そうこうしているうちに、最後には残る人よりも、追放される人の方が多くなって、組織が機能不全をきたすことも少なくない。

 私はこうしたことはすべて牧師制度、メッセンジャー制度という、あってはならない信徒間の階級制度が生み出した必然的な結果だと考えている。上記のような笑止千万な事件も、特定の異常な教会だけに起きる例外的な事件ではなく、そもそも牧師制度が生み出す避けられない結果なのである。

 すなわち、「神のみことばを取りつぐ神の代理人」という地位は、人の立ってはならない場所であり、人の意識を狂わせてしまう。この特別な地位についた人々は、自分は他の信徒とは別格の存在であると考えるようになり、いつしか自分を現人神のように思い込んでしまう。 自分の述べた言葉はみな正しいと思うようになり、罪という概念が捻じ曲げられてしまう。

 つまり、聖書のみことばに従わないことが罪なのではなく、指導者の言葉に従わないことが罪とみなされるようになるのである。人間である指導者が神の地位を奪って、自ら神となって信徒の心を支配し、信徒を裁くという構図が生まれる。

 繰り返すが、カルト化は道を踏み外した少数の教会の専売特許ではなく、マインドコントロールも一部の詐欺的牧師の専売特許ではない。これらは牧師制度が必然的に生み出す結果であると私は考えている。だからこそ、被害者救済活動は無意味なのである。同じ牧師制度を取り入れているキリスト教界の教会が、同じキリスト教界に属している他の教会を批判したところで何の意味もない。しかも、目的は信徒を依存状態から解放し、真に自立した信仰に生きる方法を知らせることであるのに、聖書に立ち戻ろうともせず、ただカルトの取り締まりに主眼を置いて裁判に頼るのでは、その時点ですでに目的を見失っているに等しい。

 真の解決のためには、目に見える指導者に向かうことをやめ、目に見えない神に向かうことがどうしても必要である。多くの人々が踏み固めて来た広い道と決別してでも、隠れたところにおられる神を求めて狭い道を行く覚悟が必要である。

 その点で、上江洌氏のブログは、決して詐欺的な牧師を告発するだけには終わっていない。
 2009年当時、教会での自らのつまずきを見据えながら、決して悪人に対する愚痴と非難で終わることなく、真の信仰を模索していたクリスチャンがネット上に相当数、存在していた。その多くが今は声を聞けないが、それでも、神を見上げて信仰の道を歩み続ける人たちが確かに存在していることは私にとって朗報である。散らされてしまった人々の声を再び聞けるようになる時を願ってやまない。
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