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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

疎外されし者たちの復讐の哲学~抑圧された社会的弱者や被害者の内に神を見いだす危険②~

さて、今回は偽りの弱者救済の思想は人間を滅ぼすというテーマで記事の続きを書きたい。

私は以前、重度の障碍者と遠距離で文通していたことがあった。病の中にある人との関わりは他にもあったが、これは特に象徴的な出来事であったので記しておきたい。

その人は、天涯孤独に近いつらい生い立ちを耐えて成長し、若い時分にたった一度、薬を飲み忘れたことがきっかけとなって病に倒れ、青春真っ盛りの時代に、重度の麻痺に陥ってしまった。集中治療室での身動きできない絶対安静の状態、全身の筋力が落ちていき、看病してくれる看護師にまで嘲笑されるような過酷な闘病生活。その後、信仰は持ったが、キリスト教界で遭遇した冷たい仕打ち等々、苦難の連続の人生であった。

幸薄い生い立ちと、若い身空での不幸は、聞く人の同情を催すものであったが、その人自身は、むしろひょうひょうとして、暗さを感じさせなかった。私はその人の悩みのないあっけらかんとした様子を、信仰を持っているがゆえの明るさなのだろうと、ある時期までは単純に考えていた。

だが、ある時、その人が私に連載小説を書いたので読んでほしいと依頼して来たことがあった。それは腫物に関するグロテスクな空想小説で、主人公は、自分の身体にできた真っ赤なデキモノが、毎日、ズキズキと痛みながら腫れ上がり、拡大し続けるのに打つ手がなく、その苦痛を黙って耐えるしかないという絶望的なストーリーであった。

「傷」が主役になるという、一見、ゴーゴリのようなテーマであるが、私はそれ以上、その不気味な小説を読みたい気がせず、丁重にお断りした。それはまるでこの小説を通して、その人の人格そのものが「傷」に飲み込まれて行く様子を見せつけられているように感じたからだ。

その人が当時、かなりの意気込みを持って小説を執筆し、「この小説は私自身なの!」とまで言い切り、私が読者になることを断ったことに不満を感じているらしい様子も、より一層、不気味さを感じさせた。

最大の謎は、どうして人間ではなく、傷が主人公になっているのか、という疑問であった。どうして本来、主人公であるべき人間が、ただ傷に飲み込まれるしかないという、消極的で絶望的な展開になっているのだろうか。なぜ主人公はその「傷」に立ち向かおうとせず、これを拒否することもできないでいるのか。
 
私にはあたかもこの小説を通して、「傷」が一種の人格を持った存在として人に立ち向かって来ているかのように感じられた。

「どうだ、俺様の名は「傷」だ! 俺様は今まで数えきれないほどの人間を苦しみと病のどん底に投げ入れて来た! 俺様は別名を「被害者意識」や「自己憐憫」とも言う。悲惨な生い立ちや、人生の度重なる不運に悩んでいる人間は、俺様にとっては格好のターゲットなんだ! そういう人間は俺様とは別れられない運命にあるんだ! もともと過酷な扱いに慣れていて、簡単に俺様を受け入れる素地があるから、ずっと居心地のいい住処になってくれるだろう。小さな傷口から入り込んで、それをうんと押し広げ、最後にはその人間を丸ごと飲み込んでやるのが俺様の使命だ! 

どうだ、俺様にとりつかれた人間は、怨念に支配されて一生を送ることになるんだ。一生、自分は見捨てられた被害者だ、大切に扱われなかった病人だ、社会的弱者だと主張して、自分よりも強い者を責め、他人から憐れんでもらうことを目的にし、自由な人間を貶めて生きるようになる。その果てに、本当に弱さに飲み込まれて立ち上がることもできなくなるのだ。どうだ、おまえに何ができるか!? おまえにできるのはせいぜい手をこまねいて同情の涙を流すくらいだろう! おまえには助けることはできない。いいか、おれはこいつを捕えた。手放さないぞ! おまえにできるものならさっさとこいつを俺様から解放してみろ!」

そんな出来事も手伝って、 私は、病、弱さ、被害者性といったものが、決して美しいものではなく、憎むべきもの、断固拒否し、訣別すべきものであるという認識を深めた。闘病生活を美しいものとして描く物語は多数、存在するが、それでも、病は決して美徳ではなく、人が安易に戯れるべきものでもない。にも関わらず、人の「弱者性」を美化する思想は、とても危険なものなのである。弱さと訣別する覚悟を持たないと、やがて弱さを抱える人は、「傷」にまるごと人格全体を乗っ取られてしまうということになりかねない。

これは障碍についてのみならず、人の抱えるあらゆる弱さにあてはまることだ。カルト被害者についても、もちろん、同じである。あるいは、死についても同じである。もしクリスチャンが死を憎まず、死者の霊や死後の世界と親しげに交わるような思想を受け入れれば、簡単に死に飲み込まれてしまうだろう。

被害者性、弱者性を拒否するかどうかは、人生で極めて決定的な選択なのである。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です、古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5:17)

キリストの復活の命は人に新しいアイデンティティを与えてくれる。地上の生い立ちや、これまでの人生がどうあれ、それとは違う、上から信仰によって与えられる新しいアイデンティティが存在する。

だから、もし人が、それまでの人生がどうあれ、キリストの贖いを信じ、心の傷と手を切り、あらゆる弱さから脱却することを願って、キリストにあって自立した健全な人として立ち上がる決意を固めるならば、人間的な観点から見てどんなに絶望的な状況がその人を取り巻いていたとしても、神はその人を助け、立ち上がらせることができるだろう。神はその信仰に応えて下さるだろう・・・。

だが、すでに書いたように、弱さと手を切ることは、ある人たちにとっては、とても難しい選択なのだ。問題は二つある。一つは、そのような弱さがあまりにも人の同情を誘うために、弱さを抱えた人間を美化し、弱さを何か特権的なものとして保護し、弱さの中にいる人々にいつまでも同情の涙を注ぎ続けることを「支援」だと勘違いしている人々がいること。また、弱さを抱える人も、あまりにも同情される居心地の良さに慣れてしまい、弱さがもたらす特権に安住してしまうために、弱さを大切なものとして握りしめ、決して手放そうとしないという問題である。

そういうことが起きると、助けようとする側と、助けられる側に共依存関係ができてしまい、「傷」や「弱さ」や「被害者性」を軸にして人間同士が互いに結びつき、いつまでも弱さによる負の絆を後生大事に握りしめるということが起きる。そうなってくると、傍目には弱者を救済することを目的に支援が行われているように見えても、決して、その弱みは取り除かれることがなく、負の関係がずっと続いて行くことになる。
 
多少、先走って話を進めるならば、人類の弱さを「神聖」なものにまで祭り上げ、抑圧され、虐げられた社会的弱者を高く掲げる誤った人類救済活動は、これまで歴史上、再三に渡り登場して来た。そしてそれらは決まって、罪の癒着とでも言うしかない状況を作り出し、抑圧されたマイノリティによるマジョリティの否定(と復讐)を生んで来たのである。

たとえば、19世紀初頭の帝政ロシアには、圧倒的な不平等な格差社会があったが、その中で、貴族の子弟たちは社会の不平等に悩むあまり、抑圧された民衆を助け、貧しい人々と同化することを「理想」だと考えて、恵まれた自分の家や、学業や、約束された将来の職を捨てて、積極的に農村に分け入っていくという運動が起きた。また、20世紀には、虐げられた農民やプロレタリアートを美化するあまり、農民とプロレタリアートの天国を目指してブルジョアジーを抑圧すべきだとするソビエト政権が成立した。

こうしたものはあたかも「人間の弱さ」に対する深い同情に基づいているようでありながら、その実、絶対に弱者を解放することのない危険な思想である。なぜなら、そこでは、「弱さ」そのものが美徳のように、神聖なもののように高く掲げられており、万人が同じように虐げられた者となり、「傷」を共有することが理想とされているので、抑圧された弱者の状態がスタンダードとなり、理想的なアインデンティティとされ、その弱者性から人を解放することができないのである。

考えればすぐに分かることだが、貧しさや、抑圧された状態は克服すべき課題であって、決して美化すべき要素ではない。それが人のあるべき理想状態や、人生の最終目的になり得ないのは言うまでもない。格差を憎むことは必要かもしれないが、だからと言って、社会的弱者を理想的な存在にまで祭り上げ、国民全員が虐げられた人々に同化することによって、社会がより良くなることが決してないのは明白である。

だから、病や、あらゆる弱さや、被害についても同じことが言える。抑圧されたマイノリティが、マイノリティであること自体によって美化されるべきではなく、理想化されるべきでもない。抑圧された人々が、その弱さゆえに正義の担い手や、理想的な人間であるかのようにみなされるべきでもない。虐げられた弱者も、虐げる側に立っている強者も、同じ人間であり、同じように間違いやすい罪深い存在に過ぎない。

にも関わらず、抑圧された弱者を美化し、彼らに正義と神聖を見い出す誤った人類救済思想が登場して来ると、抑圧された状態が理想とされる一方で、抑圧を経験しない、「傷」を持たない人間が、かえって非人間的な悪者ということにされてしまう。「傷」や「弱さ」が理想化されることにより、何が人の健全なあり方なのかという基準が転倒してしまうのである。その結果、「被害者性」、「弱者性」、「傷」を軸に連帯(癒着)する人々が、「傷」を持たない人々を冷酷無慈悲な悪者のように描いて排斥し、被害者でなかった人々までを被害者に変えて行き、より一層、社会を「傷だらけ」にして行くという悲劇的な結果が起きる。カルト被害者救済活動がこうした暴走に至ったことはすでに幾度も述べた。

私は以下の記事で、SEALDsの代表的な設立者の学生の一人である奥田愛基氏の父である奥田知志牧師の著書『もう、ひとりにさせない』(いのちのことば社、2011年)を取り上げて、この牧師が神を見いだせないから牧師になり、内住のキリストを通して信仰に生きようとするのでなく、むしろ、ホームレスなどの社会的弱者の中に神を見いだそうとして社会的弱者の救済活動を繰り広げて来たことに触れた。

そして、私はこうした弱者救済運動が、決して聖書の理念に基づくものではないことを説明して来た。そこには、弱者救済の美名のもとで、人の内にある罪という問題を巧みに覆い隠して、イエスを「罪人らの神」とし、罪人らの内に「神」を見いだすことにより、人類の罪の贖いのためのキリストの十字架の意味を無にしてしまう思想があることを説明した。

すなわち、虐げられた弱者を無条件に美化し、彼らのうちに「神」を見い出そうとする思想は、人は誰でも罪人であり、悔い改めなくしては救われないという聖書の根幹を否定するのである。社会から打ち捨てられた罪人は、虐げられ、見捨てられているがゆえに、最も神に近い「神聖な」人々であり、それゆえ、彼らは信仰なくして、神を内に宿しているということになると、極言するならば、社会的弱者は神そのものであるということになり、キリストの十字架を信じる必要は全くなくなってしまう。

そうすると、聖書の説く神による救済は全く否定される。その結果、社会的弱者が人生に悩み救いを求めて牧師のもとへ来るのでなく、むしろ、神を見いだせず、救いを見いだせない牧師が、社会的弱者の内に神を見いだすために社会的弱者のもとを訪れるという本末転倒な状況が生まれる。

ここには、すでに述べたように、19世紀に恵まれた貴族の青年子女であったナロードニキが、自分たちの特権的な生活を捨てて貧しい農村に趣き、農民と同化することを目的に農民の救済事業に励んだのと同じ構図がある。その根底にあるのは決して人助けではなく、むしろ、罪の意識から来る贖罪行為であった。

私は決して人助けそのものの価値を否定するわけではないが、ある人の人生において、人助けがプログラム化し、システム化し、延々と同じような活動が繰り返されて行くときに、何かしら普通ではない背景がそこにあるように思われてならない。

以下の記事で私は、カルト被害者救済活動のような人類救済事業に生涯を捧げる人々には、決まって、幼い頃かもしくは青年期に、自分自身かもしくは親しい誰かが理不尽に巨悪の犠牲となる現場を目撃し、これを防ぎ得なかったという無念が原体験となって、その人の生涯を決定的に支配しているのではないかという推測を記した。

私が覚えている限り、カルト被害者救済活動に従事するアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の村上密牧師も、学校時代に、いじめを受けていた知り合いの女子生徒が井戸に身を投げて自殺したという痛ましいニュースに遭遇した体験を語っていたように記憶している。

むろん、何が「原体験」となっているのか、それは人によってさまざまであろうが、いずれにしても、多感な時期に、自分自身か、もしくは自分の親しい誰かが、何かしらの理不尽な事件に遭遇し、弱さのゆえに犠牲になり、その犠牲に自分は何ら打つ手がなく、被害を防ぎようがなかったという無念が、心の深いところでその人の心の傷となり、罪悪感、もしくは深刻な無力感、絶望感を生じさせており、同じような悲劇が繰り返されることへの恐れや拒否感から、その人は自分の努力によって犠牲となる人々を救わなければならないという使命感(強迫観念)に生涯を支配されるに至っているのではないかと推測する。

そのような深いトラウマがあるからこそ、彼らの人助けは一過性のもので終わらず、生涯を人助けに捧げねば、いてもたってもいられないような心境を生んでいるのではないか。だが、もしそうだとすれば、それは人助けではなく、自己救済の試みであって、もしくは罪悪感から自分を救うために行われている贖罪行為ということになる。

ナロードニキについても、自分たちが弱者を抑圧する立場にあるという罪悪感が、彼らの心の中に、抑圧された社会的弱者と同化せねばならないという強迫観念を生み、恵まれた境遇を捨てさせて、弱者のもとへ追いやることになった。

自分の内に罪悪感があればあればこそ、彼らは虐げられた人々をまるで罪のない人々のように考えて美化した。負い目があったからこそ、虐げられた人々を神聖な人々にまで祭り上げることによって、彼らに仕える自分自身の生きざまを正当化し、罪悪感を解消しようとしたのだと考えられる。

だが、そのような救済事業は本当の救済には決して至らない。人にはそれぞれの置かれている固有の状況があり、自分独自の立場があって初めて、人は他者との有益な関わりが可能となる。貧しい人々に一体化することが、人助けなのではなく、助ける方も助けられる方も共に同じように貧しいのであれば、できることも限られ、人助けも不可能になってしまう。

さらに、その救済事業がもしその人自身の心の傷や罪悪感を癒すために行われているならば、どんなに罪滅ぼしを続けても、その人が自分自身の本当の心の状態に気づき、向きあわない限り、罪悪感は解消されず、むしろ、その人は自分の罪悪感から目を背けるために、ずっと他人を利用しながら生きることになる。

実のところ、「弱者を救済する人々」の心の中に、「救済される弱者」よりももっと深い絶望や、心の闇が横たわっている場合は往々にしてある。通常、私たちは、弱者を救済する人々は、さぞかし愛に溢れ、希望に溢れ、自分の心の喜びを他者に分かち合いたくてたまらないので、人助けにいそしんでいるのだろうと推測するが、そのような予想とは完全に逆の現実が往々にして存在する。

つまり、「救済する側」に立っている人間が、自分の心に癒しがたい絶望や、罪の意識を持っており、これを解消するために、見捨てられた弱者を利用している場合がある。つまり、それは救済事業ではなく、その人自身の心の負い目を解消するための終わりなき罪滅ぼしである可能性があるのだ。

以下の記事で引用したように、奥田知志牧師は、20歳の頃に釜ヶ崎でホームレスの人々の置かれた限界状況を目にしたという体験がきっかけとなって、生涯、ホームレスの救済事業に赴くことになった。そうさせたのは、ホームレスの生き様を目にしたことにより、彼の心の中に生じた強烈な罪悪感、つまり、ずっと弱者を見殺しにして安逸をむさぼって来た自分自身と社会そのものに対する罪の意識ではなかったろうか?

奥田牧師の体験は、インドで貧しい人々のために生涯を捧げたマザー・テレサにとてもよく似ているように思われる。

今でこそよく知られていることだが、マザー・テレサは、その慈愛に満ちた外見とは裏腹に、内心では、神の存在を信じられなかったばかりか、自分は神に見捨てられているのだという絶望感や「心の闇」に苦しんでいたことが晩年の出版物や同時代人の証言を通して明らかになっている。
 
「マザー=テレサの闇 : 神の不在とイエスの遍在」、中里巧著、宗教研究 84(4), 996-997, 2011-03-30 、日本宗教学会という小論から引用してみたい。

「マザー=テレサは、一九四八年暮れにコルカタ(旧称カルカッタ)における路上奉仕活動を始めた。マザー=テレサによれば、「貧しい人のなかでももっとも貧しい人」the poorest of the poor のためのこの奉仕活動を始めた直後から、神に対する疑念が心のなかに生じたのであったが 、こ の疑念を真に受け止めてくれる者を教会のなかで見いだすことができずにいたのであった。

 一九六一年四月ノイナー Neuner 神父が、マザー=テレサの主催するコルカタにある Missionaries of Charity で黙想会を指導するために招かれた。このときノイナー神父は、マザー= テレサから悩みを打ち明ける私信を受け取った。そこには 、信仰上の深い不安や極端な闇神に見捨てられていると感じていることなどが吐露されていた。マザー=テレサは 、神の不在・神から見捨てられていること ・孤独や空虚や寂寥といった心情に日々さいなまれる極度の苦痛が、イエス=キリストもまたかつてこの世界において人々の救済にさいして同様に体験したものであったと理解した。

 マザー=テレサのこうした信仰は 、徹頭徹尾イエスの十字架にまつわる信仰である。限られた制約のなかでできるかぎり多くの様々な資料に眼を通してみたが 、マザー=テレサの闇 、すなわち、 激しい苦痛を伴う霊的欠乏の心情は、 一九四九年頃から死去するまで、程度の差こそあれ継続していたように思われる。 

 また、 教会にいるときにどれほど空しくとも、路上で貧しい人々と出会うとき、そこに必ずイ エス=キリストの臨在をマザー=テレサは、実感してやまなかったイエス=キリストは路上で 生活する貧しい人々に遍在しているというのが、マザー=テレサの実感であり続けた。十字架のイエスを愛するということは、十字架をとおしてイエスがおこなった贖罪を、自分もおこなうと いうことである。贖罪とは 、他人の罪を身代わりとして背負うということである。

 読めば読むほど、奥田牧師の事例と酷似していることが分かる。釜ヶ崎のホームレスの悲惨な生活を目撃した時から、奥田牧師の心には、「神はどこにおられるのか?(神がいるなら、なぜこんな恐ろしい現実が放置されているのか? こんな現実があるなら、神などいるはずがないではないか)」という疑念が生じた。それは神への怒り、恨みと言っても良いかも知れない。それがこの牧師の生きざまを変えて行くことになる。

 同じように、マザー・テレサも、カルカッタで貧しい人々が路上で悲惨な死を遂げていく現実に直面した時から、「神に対する疑念」が心に生じたのだという。

 限界状況が二人の心のそれまでの安心感を完膚なきまでに打ち砕いた。「こんな悲惨な現実があるのに、神はどこで何をしておられるのか。一体、神はどこにいるのか。神など本当に存在しているのか。もし神がいるなら、神が本当に愛であるなら、こんな悲惨な現実が許されるはずがない」という神への疑念、怒り、不満が心に生じ、それは「神不在」という深い絶望感を二人の心に植えつけていく。

 だが、同時に、その過酷な現実は彼ら自身の心にも、社会的弱者への拭い去れない罪悪感を生じさせた。それは、これらの打ち捨てられた人々を、自分は助けることができなかったという無念、罪悪感である。彼らは社会から見捨てられている貧しい人々に感情移入するあまり、自分自身もこの人たちと同様に遺棄され、神に見捨てられているのだという深い絶望感を味わったのかも知れない。

 こうして目撃した限界状況の衝撃がトラウマとなって、そこから二人は生涯、抜け出せなくなる。そして、彼らは、このような悲惨な状況を放置している神への絶望を告白すると同時に、むしろ、神はこれらの貧しい打ち捨てられた人々の中におられるのではないかという考えに傾倒して行く。

 マザー・テレサはインドの路上生活者にキリスト教へ改宗させることを目的として関わったわけではなかった。彼女は信仰の問題を抜きに、悲惨な状況下で死にゆく人々を助けたことは知られている。このことは、マザーが人々をキリストへの信仰へ導くことを最大の目的としていたわけではないことをよく示している。さらに、上記の文章などによれば、彼女は十字架の贖いを信じずとも、ただ貧しく打ち捨てられているというだけで、社会的弱者の中に「神(キリスト)」を見いだしていたことが理解できる。これも奥田牧師の考えと全く同じである。つまり、キリストへの信仰なくして、十字架の贖いを信じて受け入れずとも、ただ社会的弱者であるというだけで、こうした人々が「神」を内に宿しているのだと二人は主張するのである。

 だが、それは従来のキリスト教の教義からは全く認められない考え方である。信仰なくしてイエス=キリストは路上で 生活する貧しい人々に遍在している」という考え方は、キリスト教の教義には存在しない。存在しないどころか、それは、人を救うことができるのはただ神のみであり、キリストへの信仰なくして救いはないという聖書の原則そのものの否定を意味する。
 
   奥田牧師は社会的弱者への憐れみのない社会を糾弾してこう書いている、「自己責任社会は、自分たちの「安心・安全」を最優先することで、リスクを回避した。そのために「自己責任」という言葉を巧妙に用い、他者との関わりを回避し続けた。そして、私たちは安全になったが、だれかのために傷つくことをしなくなり、そして無縁化した。

 長年支援の現場で確認し続けたことは、絆には「傷」が含まれているという事実だ。<略>
 傷つくことなしにだれかと出会い、絆を結ぶことはできない。出会ったら「出会った責任」が発生する。だれかが自分のために傷ついてくれる時、私たちは自分は生きていてよいのだと確認する。同様に、自分が 傷つくことによってだれかがいやされるなら、自分が生きる意味を見いだせる。自己有用感や自己尊重意識にとって、他者性と「傷」は欠くべからざるものなのだ。<略>
 絆とは傷つくという恵みである」(『もう、ひとりにさせない』、pp.209-212)

 この文章も、マザー・テレサの場合と同じように、奥田牧師がホームレスの人々に対する贖罪意識から、ホームレス救済事業を続けていたことを示しているように思われる。

 「絆」とは「傷」を分かち合うことである、と牧師は述べている。つまり、ホームレスの人々と「傷」を分かち合うために、奥田牧師は限界状況の中に残ったのである。

 ナロードニキが農民への贖罪のために特権的な生活を捨てて農民救済事業に人生を費やしたのと同様に、マザー・テレサも奥田牧師も、人を破滅させる巨悪の前に自分が全く無力であることを感じながら、それでも大海からスプーンで水をすくって捨てるように、巨悪から貧しい人々を救い出すために、自分の人生を捨てて、限界状況の中に残った。それは彼らがこれらの打ち捨てられた人々に対して深い負い目を感じていたためであったのではないか。彼らは自分の活動が人を救うには無力過ぎることを知りつつも、社会的弱者と痛みを分かち合うことにより、自らの負い目を解消しようとしたのだと考えられる。

 だが、贖罪と救済とは全く別物である。贖罪とは、罪ある者が己の罪を償うために行う行為であって、人助けではない。どんなに贖罪を積み重ねても、それは決して他者への救済には達しない。それは、借金の返済をどんなに行っても、負債がゼロになるまでの間は、貸しにならないのと同じである。
 
 聖書には、「たましいの贖いしろは高価であり、永久にあきらめなくてはならない。」(詩編49:8) とあるように、罪ある人間が自分の罪の負債を完全に帳消しにすることはどんな努力をもってしても不可能である。だから、聖書によれば、人の贖罪行為が人を救うことはあり得ず、人類による人類の自己救済は不可能で、神によらなければ人間の救いはないのである。

 キリストが十字架にかかられたのは、マザーが主張しているように、罪ある人と同じような贖罪のためではなかった。神の御子キリストには罪がなかったので、贖罪の必要性がなかったが、罪なき神の御子が罪人の身代わりとして罰せられたことにより、信じる者たちは罪を赦され、罪の負債が帳消しにされ、信仰者に対する罪を理由とした悪魔の支配が打ち破られたのである。それは罪のない御子でなければ決して成し遂げることのできない贖いであった。

 イエス以前には、大祭司が民の罪の贖いのために、年に一度、至聖所で動物の犠牲を捧げねばならなかったが、イエスが永遠にほふられた神の子羊として、神に対して罪の贖いを完成したので、それを信じる者たちは自分で自分の罪を贖う必要がなくなった。むしろ、もしイエスの十字架の贖いを信じるなら、人が自ら贖罪することはやってはいけない行為である。それは人が自分で自分を救おうとする不可能な試みであるばかりでなく、イエスの贖いを否定することにつながるからである。

 さらに、もしキリストの十字架を信じるならば、信仰を通して、神はその人の内に住んで下さるので、信仰者は神を自分の外に求めてあちらこちらをさまよう必要はない。

 ところが、マザー・テレサも奥田牧師も「内住のキリスト」を認めず、自分の内には「神不在」の絶望しか見いだせないことを告白しており、むしろ、自分の外に、信仰を持たない社会的弱者のうちに、神が偏在していると主張して、神を求めて社会的弱者のもとを絶え間なく訪れる。彼らは自分の心の内に神を見いだせず、自分は神に見捨てられていると絶望しながら、終わりなき贖罪のために、社会的弱者を「救済」し続けているのである。

 実のところ、このような考え方はキリスト教からは完全に外れている。信仰を持たない社会的弱者の内に「神」を見いだせるという考えは、キリストの十字架の贖いを否定することであり、完全に聖書に反している。

 だから、これは見かけはとても美しく憐れみに満ちた活動に見えるのだが、実際には決して真の救済に至ることのない、神なきヒューマニズムとしての誤った弱者救済の思想である。一言で言えば、神に見捨てられ、疎外された人々の怨念に基づく自己救済の試みであると言って差し支えない。このような思想は、あたかも社会的弱者に深く同情し、その救済を目指しているようでありながら、実際には、決して弱者を解放することのない、希望なき活動である。それは人類による人類の罪のための終わりなき贖罪行為であり、助ける側についても、助けられる側についても、決して人を真の意味で解放せず、ただ果てしない罪の連帯責任を生むだけである。

 罪というものは、本来、より多くの人々で分かち合ったからと言って、軽減されたり、希釈されるような性質のものではない。罪の結果としての「傷」も然りである。他人が傷ついてくれたからと言って、ある人の傷が解消されるわけではない。むしろ、傷つく人が増えて行くことによって、ますます社会は不自由•不安定になり、傷から抜け出せなくなっていく。にも関わらず、「絆」には「傷」が含まれているとして、「傷」による「絆」を拡大して行くことを主張する奥田牧師の発言には、どこかしら「食べて応援」によく似た、不正常な状態を万人の中で常態化し、終わりなき罪の連帯責任を積極的に社会に広めて行こうとする危険な姿勢があることを感じずにいられない。

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