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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

国民全体が戦争の罪を永久に謝罪し続けるという宿命から解放されるために、政府こそ国民全体に対して戦争遂行した罪を負っていることを認め、詫びるべきである

かつて関西にいた頃、あるおじいさんに出会った。戦後の荒廃の中で身一つで財をなし、地元ではかなり有力者となり、受勲者でもあった。様々な事業に精を出し、成功した、かくしゃくとした老人であった。だが、毎年、8月15日が近付いて来ると、彼は耐えがたい思いとなって、家に引きこもり、何日間も我が罪を悔いて嘆き続けるのが常であると語った。実際にその時期に偶然、会ってみると、大の大人が真っ赤に泣きはらした目をして、自分は赦されない罪を犯したと悲嘆に暮れ、体をわななかせてむせび泣くのであった。
 
その人は、軍隊にいた頃、部下の若者を特攻に選抜し送り出す仕事をしていた。彼は自分の決定によって将来ある人々が命奪われたことを、何十年経っても、忘れることができず、毎年夏が来る度に引きこもっては、罪を悔いて泣き続けていたのであった。

国が負わなかった戦争責任の罪に比べ、国民が負わされた罪悪感はあまりにも深く、重かった。今でもその慙愧の念は生き残った一人一人の心の中に深くしまい込まれ、痛ましい形で刻まれたまま、持ち続けられている。

今、かつて戦争に反対できずに加担させられてしまった世代が、その負い目ゆえ、若者のデモに期待を託すのもいいだろう。もしかすると、彼らは戦争に協力してしまったがゆえに、自分は失格者だと思っているのかも知れない。だが、私は言いたい、若者に責任を投げてはいけない。戦争という罪を知らないがゆえに、若者は年配者の前に、穢れなく、美しく、希望に満ちた改革者のように見えるかも知れない。しかし、本当はそうではない。誰しも同じ状況に入れられれば、同じ行動をする可能性がある。だから、罪の堕落を知っており、非人間的な地獄を垣間見た人々こそ、実は最も肝心な鍵なのである。罪の汚辱を知らない人たちが反対を叫ぶのにもまして、知っている人々が反対するのには力がある。そして、その地獄に一度は投げ出された人々が、どのようにしてその負い目や罪悪感と向き合い、それを克服し、地獄から正気を取り戻して帰って来て、度重なる過ちにも関わらず、人間らしく、誇りを持って生きようと努力して来たのかということこそ、一番、心を打つ肝心な問題なのである。
 
「悪魔を糾弾する」というテーマについて述べた時、私は人が不当に負わされている罪悪感から解放される必要があること、そのためには、神の救済を信じることと、誰が本当の責任者であるのかを明確にすることがぜひとも必要であると述べた。本当の責任者が明らかになる時、人は自分自身も被害者であったこと、にも関わらず、あまりにも不当な大きすぎる罪悪感を負わされて来たことが分かるのである。そして、ようやく自分を赦すこともできるようになる。

そうなるためには、戦争を引き起こした罪は、本来、国民ではなく、政府が負うべき罪であることが一般的に認識されなければならない。むろん、加担した国民にも何がしかの罪はあるのだが、政府の罪の方がはるかにそれに勝って重いことを知る必要がある。国民は加害者であると同時に被害者でもあるのだ。そのことに気付かない限り、一般的な日本人が、自責の念から来る自己嫌悪や劣等感などといった不健全な感情から本当に解放される日は来ないだろう。

安倍談話もはあたかも日本国民を罪悪感から解放することを願っているようなうわべだけの思いやりあるセリフがちりばめられている。だが、私は言いたいのだが、日本国民は、戦争を引き起こした政府や、戦争責任者の親族によって罪を赦していただく必要もなければ、罪悪感から解放していただく必要もない。むしろ、日本政府こそ、鳩山元首相がしたように深く頭を垂れて、国民の前に赦しを乞うべきなのである。むろん、政府は植民地支配した諸国の人々に対しても謝罪すべきだが、同時に、日本国民に対しても謝罪すべきなのである。

だが、玉音放送でもそれは全くされなかった。戦争を引き起こし、国民を悲惨に巻き込んだ罪は誰にあるのか、その後も、ほとんど明らかにされなかった。むしろ、昭和天皇は自ら被害者であるかのような言葉を述べて、戦争が終わったことを告げただけで、東京裁判も、連合国が主体となって行われ、わずかばかりの政治家が罪に問われただけで、その後も、植民地支配に対する国家的責任は問われたが、国家が自国民を戦争に引きずり込んだ罪に対して、誰一人、謝罪の言葉を述べなかった。国民も、敗戦国であるがゆえに自分は決して被害者面できないという思いで、罪の意識の中で沈黙した。そのようなわけで、国民は自分たちが、戦争の加害者であると同時に、政府によって戦争に引きずり込まれた被害者でもあったのだという事実を今に至るまで認識していない。

だから、戦争世代の多くの日本人は自分たちが戦争の加害者であったと考えて深い負い目を負っているものの、政府の罪についてはまことに意識が乏しく、その分だけ、政府の罪までも不当に負わされていると言って良い。戦争世代でなくとも、それは日本国民の心深くに刻まれている罪悪感である。こうした自責の念や、それによって生じる自己嫌悪に対する反発から、かえって、戦争を正当化するような危険な復古の思想が生まれて来ている。だが、本当は逆なのだ。そのような自責の念から逃れるためには、国民は、自分たちが加害者であっただけでなく、同時に、被害者でもあったことをも認識し、自分たちにもそれなりに責任はあったが、もっと重い罪に問われるべき真の加害者は政府である(また昭和天皇にも責任がある)ということに気付く必要がある。

加害者たる政府が、当時とほとんど本質的に変わることなく、今日まで同じような思想を持って存続しているために、様々な矛盾が生じている。国民は重い罪悪感を負わされたが、政府の方はそれに比べてあまりにも負っているものが小さすぎるのであり、この責任問題のアンバランスを解消する必要がある。(むろん、政府の背後で戦争を引き起こした勢力が真の加害者であることは言うまでもない。そのように連綿と責任関係を辿っていくと、最終的には悪魔に行き着くのであるが、それは今は置いておこう。)

だから、もし政府が、若者ばかりか、国民全体を戦争の罪という宿命から解放したいと言うのであれば、そのために必要なのは、戦争を引き起こし国民を巻き込んだ罪は政府にこそあったという事実を謙虚に認め、それを政府が国民の前に謝罪し続ける態度である。最も罪が重いはずの政府が、「若者に謝罪の責任を負わせてはならない」、などとあたかも第三者のように、あるいは国民の罪を赦免する権限でも持っているかのように述べるべきではない。むしろ、真に国民を謝罪の責任から解放するつもりがあるなら、政府は戦争の当時者として、また最大の加害者として、自ら頭を下げて国民の前に詫びるべきなのである。そして、「戦争の罪は政府にこそあるのであって、その負い目を国民が負わされるべきではありません。」と言わねばならないのである。そのようにして真の責任者が名乗り出て、代表が負い目を負うことによってのみ、国民はかなりの程度、罪悪感から解放されるのである。それを続けて行った果てに、独立国家としての誇りをどう取り戻すかという問題がようやく見えて来るのである。

繰り返すが、国民が不当に負わされたあまりにも重過ぎる罪悪感の問題を解消するためには、まず、政府の罪というものをはっきりさせる必要がある。その中で、昭和天皇の戦争責任というものもやはり追及されねばならないだろう。だが、これまで、(連合国からの「押しつけ」の要求を除いて)「お上」が己の罪を自ら振り返ることなく、国民に追及させようともしなかったがゆえに、政府の罪は過小評価される一方で、あまりにも大勢の国民が耐えがたいほどの深い負い目と責任を個人的に負わされたまま、今日に至っているのである。若者が謝罪の宿命を負わされるべきでないと言うならば、冒頭に挙げたような老人も、とうに罪悪感から解放されて良い頃だろう。だが、その罪悪感は、真の責任者がきちんと名乗り出て責任を負うことによってしか、解消されないのである。

戦争責任と真に向き合うべきは、国民ではなく、政府なのである。

謝罪の姿を、ブラントと鳩山と安倍に見る
「そりゃおかいいゼ」2015-8-13 から転載します。


 



韓国を訪問している鳩山由紀夫元首相は12日、ソウル市内にある西大門刑務所歴史館(旧刑務所跡)を訪れ、ここは日本による植民地時代に抗日独立運動家らが投獄されていた場所であるが、鳩山氏は独立運動家への拷問など過酷な行為を行ったことについて、跪き合掌し頭を下げて黙とうした。
「独立運動家らをここに収容し、拷問というひどい刑を与えて命を奪ったと聞いた」とした上で、「心から申し訳なく思っている」と謝罪した。
元首相のこの行為を、好ましくないと思っている日本人も少なくはないであろう。韓国風の謝罪であるが、日本的には土下座に見える鳩山の謝罪は、嫌韓風潮もあって攻撃を受けている。事実ネットでは、鳩山に対する非国民的攻が多く見受けられる。日本の主要なメディアは、これまでのこともあり、多分報道すらしないであろう。
鳩山の侵略国家としての懺悔は当然と言えば当然である。立場や肩書はこの際関係ない。
翻って、上のモノクロ写真はドイツのブラント首相が1970年にワルシャワの歴史博物館で、ドイツ・ナチスが行った非人道的行為に対し、跪き謝罪するものである。
戦争犯罪への謝罪は、ドイツを見習えとよく言われるが、こうしたドイツの日常的行為はヨーロッパ各国との軋轢をなくしていることは、日本は大いに学ぶべきなのである。
嫌悪感から、鳩山を批難してはならい。
下は、先日の長崎の原爆投下の日に平和祭の写真である。黙とうして誰もが頭を下げているのに、安倍晋三だけは、目をつむっているだけである。黙祷などではない。鳩山を非難する人たち、鳩山の姿に違和感を持つ人は、安倍晋三のこうした非人間性を知るべきなのである。この男に平和を語る資格もなければ、近隣諸国への謝罪する気持ちもないのである。この男が首相談話として何を語っても、虚言である。



全日本おばちゃん党(All Japan Obachan Party:AJOP)から転載します。

【全日本おばちゃん党 戦後70年談話プロジェクト】


第二次世界大戦が終わってから、70年がすぎてしまいましたなぁ。
戦争で失われてしもたすべてのお命に、 心から哀悼の意を表明いたします。

うちの子もよその子も、戦争には出さん。

さまざまな背景を持ってます私らおばちゃんは、このひとつの想いのもとに集ってきましてん。

先の戦争では、おばちゃんらもいっぱい間違いを犯してしまいました。
日本は正しいんやと信じて、「国防婦人会」としてお国の策に協力してしまいましたし、「隣組」としてご近所さん同士で監視し合うて、兵隊さんに千人針も縫うて、慰問袋もせっせと作ったんですわ。

なんかおかしいなと思ったときも、怖うて黙ってしもたんですわ。
ほんまは戦争なんか行ってもらいたないのに、男の人らを万歳三唱で送り出しましてん。自分らが殺されるかもしれへんなとは思ってましたけど、よその国に行ってよそさんの人を殺してくることにまでは、思いが至ってへんかったんですわ。

日本軍は男の人だけやなくて、女の人も戦地に駆り出しましたなぁ。なかには、ご本人の気持ちに反して、兵隊さんの性欲なんかを満たすために利用されていた女の人もいてはりました。戦時であれ、平時であれ、性暴力は決して許せることではありまへん。おばちゃんらは、「従軍慰安婦」と呼ばれたその女の人たちが、戦争が終わった後も苦しみ続けてはることに、心から謝りたいという気持ちでいっぱいですねん。

また、おばちゃんらは、沖縄戦のえげつなさ、占領下の苦しみ、ほんで今に至る軍事基地の状況さえも、どこか他人事のように捉えてきてしもてました。沖縄の人らの叫びに、今でも鈍感なんちゃうかと、自分を省りみなあきまへん。

日本はヒロシマ、ナガサキへ原爆を落とされた体験をした国やさかい、核兵器は未来永劫つかわれることがないよう、「過ちは繰り返しません」と世界に向けて発信してきましてん。せやけどその一方で、核の平和利用や言うて、原子力発電の開発を進めてきましたがな。

その始末として、2011年の東日本大震災は、福島第一原子力発電所のエライ事故を伴ってしもて、いまだにお家に帰ることのでけへん人たちや、目に見えへん放射線の影響に怯えてる人たちがぎょうさんいてはるのは、ほんまにエライことやなと憂いてますねん。

おばちゃんらは、日本が戦争に向かうのを止めへんかったんですわ。
日本の戦争責任は、おばちゃんら自身の問題ですわ。「ほかの国もやってたんやから、日本だけが謝るのはおかしいわ」なんていくら叫んだところで、日本がやってしもたことに対する罪は免れられへんのとちゃいますやろか。傷ついたよその国のおばちゃんらが、「もうええよ」と言うてくれはるまで、「ごめんな、堪忍してな」の気持ちを持ち続けなあかんのとちゃいますやろか。

おばちゃんらは、先の戦争で大きな代償を払って、いろんなことを知りました。おばちゃんらは、国が戦争に向かうときの空気とか、戦争が何をもたらすかっちゅうことを、もう知ってますねん。もう二度と戦争はごめんやで、心底そない実感したその想いを受け継いで、次世代にも繋いでいきましょ。それこそが、先の戦争で尊い命を落とした人たちへの弔いになるんとちゃいますやろか。

だからもう、この国のことを人任せにせんと、おばちゃんらが知恵を絞りましょ。自ら学んで、考えることを放棄せんときましょ。戦争したがるオッサン政治には、同じ想いの人らと立ち向かいましょ。次の世代を生きる人らに「なんであのとき止めてくれへんかったん?」なんて言わせまへんで。

今も世界で戦争や紛争に苦しむ人らのためにも、知恵を絞り、おばちゃんらしくお節介な行動をしていきましょ。二度と戦争には与しまへんし、戦争を避ける道をあきらめへんこと、ここに誓います。

うちの子もよその子も、戦争には出さん。

戦後70年の夏に  全日本おばちゃん党一同

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