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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

疎外されし者たちの復讐の哲学~抑圧された社会的弱者が弱さと傷によって絆(連帯)を結ぶ危険~

(この記事は8月18日に書いたものです。)

佐野研二郎氏のデザインしたオリンピックのエンブレムに関しては、同氏がまさに疑惑のデパート状態となったことにより、ますます問題が泥沼化し、弁護の余地がなくなっているようであるが、私が以下の記事で兵頭氏の記事を引用し、佐野氏が在日韓国人であるとの疑惑に触れた途端、「韓国人への差別はやめましょう」という名目で、早くも兵頭氏をバッシングする動きが登場して来たことは注目に値する。

不思議なのは、「田布施システム」については、以前からかなりの人々が言及していたにも関わらず、その頃には全く批判せず、議論そのものを黙認していた人が、この問題がいざ知識人らの口に上り始めた途端、「民族差別主義者」、「レイシスト」、「排外主義者」などという批判を浴びせ始めたことである。「差別はやめましょう」というきれいごとを用いて、この種の社会問題を深く考えることを妨げようとする力が働いていることに危惧を覚える。

「差別反対」を装い、田布施システムそのものに言及させまいとするこの封じ込めの動きは、一見、反政権市民運動の側から登場して来ているようだが、実のところ、どちらの陣営に属しているかはあまり重要な問題ではない。このようなバッシングが現れた時点で、政権側にはよほど触れられたくない急所があるのではないかという印象を受けざるを得ない。

「長州人脈」や「田布施システム」と政府の結びつきは、きちんと考察されなければならない極めて根深い問題である。 五輪組織委員会がここまで疑惑が噴出した佐野研二郎氏をあくまでかばい続けているのも異様であり、何か一般人の知らない深い理由があるのではないかと勘ぐられても仕方がないことであろう。(五輪組織委、提訴のベルギー側を激しく非難「説明に耳傾けようとしない」2015.8.17 17:42更新 産経ニュース、などを参照。)
 
そこで、上記のように一見、「差別反対」を装った形で、批判や問題追及の封じ込めを行おうとする言説は、実のところ、「差別する勢力」と極めて親和性が高く、コインの表と裏のようなものであり、最終的には一つに結びつくだろうと予想される。

こうした構図は、私がずっと考察して来たカルト被害者や、障害者や、病者、同性愛者といった社会的マイノリティの問題と極めてよく似ており、根底で一つにつながっている。

たとえば、私はキリスト教界で行われているカルト被害者救済活動が危険であることを早くから訴えて来た。米国発の異端の教えを取り入れた結果、危険な状態に陥る教会が登場して来ていたのは確かだが、それはただ聖書に立ち戻ることによってしか解決することのできない問題であリ、外的強制力によってこの問題を解決しようとすることがいかに危険であるか、私は再三、訴えて来た。カルトを退治するという美名の下、裁判等による実力行使によって異端化の問題を解決しようと目指す活動は、必ず暴走し、カルトとは無縁の一般信徒に対する攻撃と排斥に転じるだろうと予想されたので、そのように警告し、事実その通りとなった。
 
だが、当時、この活動を批判すると、早速、「あなたはカルト教会で痛めつけられた可哀想な被害者を攻撃して二重の被害を負わせるつもりか」という論調で、弱者の保護を盾にとり、あたかも弱者を哀れみ、保護するかのように見せかけて、自分たちの活動の危険性が指摘されることを妨げようと、この活動の支援者らが反対者に対する大々的なバッシングを行って来たのである。彼らは、自分たちの活動への批判はすべて「弱者への差別」であり、「被害者への冒涜」であるかのように見せかけることにより、自分たちは正義の味方であるかのように装い、反対者の排斥を正当化して行った。当の「弱者」である「被害者」たちも、自分たちが利用されていることが分からず、この活動の本質的な危険性になかなか気づけなかった。

このように、「社会的弱者の保護」を名目に掲げる活動のすべてが正しいものであるとは限らず、むしろ、その美名の下に極めて危険な運動が繰り広げられることもあるため、冷静な吟味が必要である。「弱者の保護」を口実にしさえすれば、すべての活動が正当化され、それに反対する人々がみな悪人であるかのように見せかける浅はかな二項対立に簡単に陥れられないように注意が必要である。


たとえば、上記のような風刺画(出典:工場長(ゴーヤー命) @kohjohcho さんのツイート)を指して、「朝鮮人への差別だから良くない」という批判も出てきているようであるが、それも「弱者の保護」や「差別反対」という口実をもうけさえすれば、そこで完全に思考停止してしまい、正しいことを言った気になって、その実、どんなに偏ったものの見方をしているかに気づけないというよくある不思議な事例の一つである。

少し考えてみれば分かることだが、まず、北朝鮮の国家元首は私人ではなく、公人である。公人が政治的批判や風刺の対象となるのは何ら奇妙なことではない。北朝鮮の国家元首は「権力者」であって「社会的弱者」ではない。北朝鮮の国家体制が人道的な見地から幾多もの批判を浴びているのは周知の事実である。だから、この体制の問題を風刺画によって批判し、これと安倍政権の暴走との類似性を示唆することは何らおかしな行為でない。

ところが、このような政治的な風刺さえも「民族差別」というデリケートな問題にすり替えることで、問題を極めて矮小化し、独裁的な権力者を「差別されて来た朝鮮人=社会的弱者」に重ね合わせることにより、「民族差別はやめよう」という美名を用いて、独裁的な国家体制への批判すらもタブーとして封じ込めようとする論調が簡単に生まれうることに深い懸念を覚える。まして、それが反政権デモの中から行われていることは問題である。結局、その先に待っているのは、安倍政権への批判もタブー視することではないかと思われてならない。

このように、あたかも独裁体制に反対していたはずの人々が、ヒューマニズムの旗の下、途中でくるりと向きを変え、かつては味方であったはずの、危険な体制へ真の批判を繰り広げている知識人を攻撃し、かえって独裁体制を助長し補強して行くという構図は簡単に生まれうるのである。
 
そのような似非ヒューマニズムの暴走の現場を、私はこれまで幾度となく見せられてきたが、こうしたことがすべて「弱者の保護」を名目に行われたことに、ある種の恐ろしさを感じている。

そこで、安倍政権と同時に反安倍政権デモも、本質的に同種の危険をはらんでいるように思われてならない。むろん、デモは法的に何ら禁止されている行為ではなく、国民一人一人が政治に関心を持つことや、おかしいと思うことに公然と反対の発言をして行くことは極めて重要である。だが、同時に危惧されるのは、人々が弱さを軸に集団的に連帯すると、その運動は容易に利用され、暴走しかねない危険性を秘めたものになって行くことである。
 
私自身は、反原発・反TPP・反安保制、そのスローガンのどれ一つとして反対するものではないが、現在、盛り上がっている市民運動が「社会的弱者を保護せよ」という論調で、「弱さ」と「傷」による一大連帯を築く方向へ進んでいるように見受けられるところに、ある種の違和感を感じているのも事実である。むろん、参加している人々の主張には相当のバラつきがあるので、これを一つにまとめるのは難しいと思うが、基本的には、この市民運動の根底には「虐げられた社会的弱者の怒り」という統一性があるように見受けられてならない。

つまり、この運動は単なる政治的な枠組みを超えて、今まで政府から汲み上げられることなく社会の底に渦巻いて来た、誰にも理解されず、受け止められない「弱者」の心の屈折、不満、憤りを吸い上げ、はけ口を提供するという役割を果たしつつあるのではないかと考えられるのだ。だからこそ、このデモは、様々な垣根を越えて、抑圧されて来た社会的弱者を巻き込んだ一大運動に発展しつつあるのではないだろうか?

もしそうだとすれば、なおのこと、当初から述べて来たように、ある重大な危険がそこに存在しうるのである。おそらくは今後、現政権に反対しているように見える人々の中から、「在日外国人を差別するな」とか、「障害者を大切に扱うべきである」とか、「同性愛に反対するべきではない」といったような弱者救済の美名を利用して、必ずや、反対者同士を分裂させ、同士討ちへと誘導しようとする力が働くのではないかと予想される。

今、この市民運動の高まりの中では、すでに社会的弱者という名札を掲げる集団に対する批判はタブーとなりつつあるように感じられる。逆に言えば、「社会的弱者を攻撃する者は俺たちの敵である」という危険かつ短絡的なものの見方がすでに生まれているのではないかと危惧されてならない。

もしそうであれば、そこではあらゆる社会的弱者やマイノリティへの無理解な発言は、どのような裏付けがあろうとも、批判の対象となり、「田布施システム」などについて考え始めると、早速、「思い上がった民族差別主義者だ」という批判をぶつけられてもおかしくないことになろう。そして、お決まりのパターンとして、「社会的弱者を差別するのはやめよう」という壁にぶつかってあらゆる問題が思考停止となり、それ以上、究明できなくなってしまうのだ。「社会的弱者」という言葉を持ち出しさえすれば、金正恩体制さえ批判できないような非論理的でナンセンスな空気作りが簡単に行われかねない。

繰り返すが、私が危機感を持つのは、このように「社会的弱者」を盾に取り、彼らを「正義」に見せかけることにより、あらゆる反対論や、都合の悪い批判をすべて封じ込めてしまおうとする動きが簡単に起きうることだ。このことを、私は障害者や病者やカルト被害者といった「社会的弱者の集団」と接触することによって絶えず感じさせられて来たのである。

これはとても残念なことであるが、長く障害者や病者であり続けた人々には、自分たちと同質な人々だけのコミュニティを築き上げ、そこに定着してしまい、そこから決して出ようとしない傾向が見られるのも事実である。このことは、障害者や病人のみにあてはまるものではない。たとえば、日本生まれの日本育ちの日本人が初めて外国に居住すると、日本人だけのコミュニティを築いてそこに引きこもりがちになることにもよく似ている。そもそも日本人には、異質な人々との接触によって自分が傷つくことや、カルチャーショックを受けることや、批判や偏見を恐れるあまり、自分たちと同質の集団だけで固まり、異質な人々との積極的な交流を避けるきらいがあるように思われる。

それは小魚が群れるのにも似て、弱い者同士が互いに身を寄せてかばい合い、攻撃から身を守るために編み出した方法なのであろう。異質な存在に囲まれていても、その中で、同質な集団だけで固まっていれば、自分たちをスタンダードもしくは普遍的存在であるとみなし、異質な他者との相互理解の手間を省くことができる。そうしておけば、自分たちの「弱点」や「特殊性」について、自分とは異なる立場の相手にも理解できるように説明をする必要がない。逆に言えば、日本人はそれほどまでに、集団を離れて裸の一個の個人として、つまり、誰とも同質でない一個の個人として、異質な者たちで構成される社会に無防備な状態で一人で投げ出されることを恐れているのだと言えるかも知れない。

そのような日本人的な臆病さも手伝ってか、病者や障害者たちも、自分たちの病気や障害について心置きなく語り合え、障害や病気を「異常」としてではなく、正常かつ普遍的な特徴であるかのように共有できるコミュニティを築き上げ、ともすれば、異質な人々との接触を嫌って、そこに引きこもり、全く出てこなくなるということが起きうる。それは病者のみならず、カルト被害者運動についても同じようにあてはまる。マインドコントロールは人の人生に長く禍根を残す。そこで、被害者は、自分たちの人格が破壊され、正常なものの見方ができなくなったという事実を受け止めることのつらさゆえに、被害者同士で連帯し、互いを守り合うのである。そうしておけば、自分たちがどのように異常であっても、異常と感じることなく、苦労を分かち合うことができる。こうしたことは、具体的に人がどんな問題を抱えているかを問わず、「弱者性」を持っているすべての人たちに当てはまることである。同じ問題を抱える者同士でコミュニティを作り、そこに引きこもって群れておけば、自分たちの弱点・欠点を見抜かれて批判されることもなく、異質な人々に自分を分かってもらうための説明を果たす必要がないという気安さから、何らかの弱さを抱える人々が自分たちを守り合うための「城壁」として、同じ弱さを抱える集団を作り、その中に引きこもって生きるということは絶え間なく起きているのである。
 
だが、私はある時期にこうした「弱者性による連帯」を打ち破って、「弱者である」という特徴にすがることなく、それを免罪符のように振りかざして、他者からの理解や同情を当然のごとく求める自己憐憫の思いや態度とも決別し、「弱者の囲い」から勇気を持って出て行くべきであると思い至った。それは、Dr.Lukeとの接触によるところが大きかったことはすでに述べた通りである。Dr.LukeとKFCが、その後、聖霊派の教えに逆戻り、道を踏み誤ったことも事実であるが、彼らから学んだ重要な事柄もあった。最大の収穫は、心の傷と手を切り、限りなく「健全さ」を目指して歩むべきだと知ったことにある。

KFCのことをさて置いても、クリスチャンであれば、レーナ・マリア・クリングヴァルの生き様は多くの人が知っているものと思う。彼女はいわゆる五体満足でなく、生まれた時から重度の障害を抱えていた。だが、家庭の教育のおかげもあって、障害者として同情を受け、人に世話をしてもらう道を選ばず、いかなる引け目も持たずに、普通の人たちと全く同じように、自分でできるすべてのことを自分で行えるように育てられた。歌手としての彼女のコンサートが日本でたけなわだった頃は、それほどインターネットが普及していなかったせいか、今あまりたくさんの記事が見つからないが、彼女の経歴を短く説明しているブログから短い文章を拾って来よう。

「1968年スエーデン中南部のハーボ村出身、生まれつき両腕がなく左右の足の長さも異なる重いハンディキャップを背負っていたにもかかわらず、3歳から水泳を始め、88年のソウルパラリンピックの競泳で入賞、引退後はゴスペルシンガーに転進して成功した。つい最近も来日しており、昨年末の名古屋市内でのコンサートは伝記の影響もあってか、大勢の親子ずれでにぎわった、とある。障害を気にせず、何事にも屈しない態度も子供たちの心に残るようだ。例えば、中学生時代、同級生に「おい、一本足、元気そうじゃないか」とひどいことを言われたときにもマリアさんは「ありがとう、二本足、あなたも元気そうね」と堂々と応えた。」

(写真の出典:左 レーナ・マリア・コンサート2003(ウェルネスグループ)
 右:レーナ・マリア・クリングヴァルを知っていますか )


両腕の代わりに足を手のように器用に使って家事をこなす姿は人々に衝撃を与えた。他に写真を探せば、運転しているところや、様々な日常の風景を当たり前にこなしている姿が見られる。日本的な常識から考えれば、彼女が水泳をするなど、命の危険があるからもってのほかという結論になろうが、それも望みを妨げる障害にはならなかった。彼女には体には障害があったかも知れないが、心には障害がなかったのだと言える。彼女の著書の一つの帯にはこのような言葉が書かれているそうである。

「お前にはそれは無理だ。」といわれたことは一度もありません。全くその逆です。何かがうまくいかなかった時、両親は私に、「もう一度挑戦してごらん。」と励ましてくれました。私には私の限界というものを誰かに最初から決めてもらうのではなく、自分で発見する自由が与えられていたのです。それが私を伸びやかにし、長い目で見て、より自立して生きられる人間にしてくれたのだと思います。・・・」

確かに彼女は「社会的弱者」と言えるだろうが、その生き様を通して目指したのは、「弱者性」を武器に人々の同情を集めるのとは正反対の、限界を打ち破るような、力強い、自立して解放的な生き方であった。彼女は自分の弱さを盾にとって「いいえ、それは私にはできません」と、限界を主張することがいつでもできたのに、それを望まず、可能な限り、自立して自由に生きられるように、果敢に挑戦を続けたのである。2006年に来日してのコンサートでは、このような言葉を残している。

私は、他の人とまったく同じように感じられる育てられ方をしました。腕や足がなくても他の子どもとまったく変わらないと思っていました。私には1歳下の弟がいて、彼には障害はありませんでした。しかし、私も弟もまったく同じように育てられました。

私は7歳のときに、他の子供たちと一緒に普通学校に入学しました。学校で障害を持っているのは私だけでしたが、障害児とは思っていませんでした。友だちと同じような関心を持ち、同じようなことについておしゃべりをし、ユーモアの精神も遊びも同じでした。
ですから、他の子どもたちと自分はまったく同じだと思っていました。

そんなふうに感じられたのは、おそらく両親の私に対する姿勢、育て方によるものだと思います。私は、父と母が愛し合い、子どもを深く愛してくれる家族のもとに生まれたことは、とても幸福なことだったと思います。

少し他の人と違うと思ったからと言って、それで自分に対して否定的になったりする必要はありません。むしろ反対で、他の人と違うところは、自分のユニークさだと考えることができます。それは自分のメリット、得なことと考えることができます。そして、他の人の良いところを見つけることもできると思います。

障害を持っている場合、自分は他の人と違う、とけ込むことができない、阻害されている、他の人と一緒に行動できない、アウトサイダーだ、孤独だ、などと思ってしまうことがあるかもしれません。

しかし、私は違いを、実際に活用して他の人に何かをもたらすことができるもの、良いことをすることに役立てることができるものとして育てられました。子どもの頃からいつも、「あなたはユニークなんだ」「他の人と変わらぬ価値を持っている」「やろうと思えば何でもできる」と言われて育ちました。弟も私も、自分の関心を持っていることをするようにと勧められ、やりたいことに時間を割きなさいと言われました。本当にやりたいことがあれば、うまくなり、成功するだろうと言われていました。

このような生き方は、特に、日本では難いしいものと思うし、家庭教育の貢献が極めて大きいことも感じられる。だがいずれにせよ、こうした実例があることは、「弱者性」を武器に、自分の限界を主張して、絶えず人々に同情を乞い、自分のために人に何かをしてもらおうとする生き方を選ぶ代わりに、逆に、弱さを感じさせないほどに自立して、人々に自分から何かを与えるほどに積極的、解放的に生きることも可能であることを示しているように思われてならない。
 
すでに述べたように、私はある時期に「カルト被害者」と名乗る集団を離れ、限りなく健全さを目指して歩むことを決めたが、むろん、その歩みは単純なものでなかった。まずは、袂を分かったカルト被害者救済活の支援者らが、離脱を試みた者に制裁を加えようと、出エジプトの際のエジプト軍のように追いかけて来ては、猛烈な攻撃をしかけた。彼らは自分たちと同じ弱さの中にとどまらない人間を「精神異常者」扱いして罵り、かつての味方が敵に変わったのである。

さらに、新たに知り合ったクリスチャンの人々からも偏見の目で見られたりと様々なことがあった。当時、私は信仰以外には何も持たない新参者に過ぎなかったし、関わりのあった人々のほとんどは20歳以上も年上だったので、若輩者とみなされても全く不思議ではなかった。

だが、そんな人々の反応に臆することなく、内側に信じるものを頼りに進んで行くと、やはり、限りなく健全さに近づいて行きたいという願いだけが心に残るのである。

それは自由を求める終わりなき渇望に支えられた願いであった。たとえて言えば、仕事において、職歴もなくスキルもない若い人が、最初に就業する時には、誰にでもできる簡単なバイトから始めるかも知れない。誰にでもできるがゆえに、給与は安く、人使いも荒く、長くは続けられず、人からも尊敬もされない。だから、そのうちに、こんなことを続けていてはいけないと分かり、新たな夢を持って次の仕事を探す。たとえ、最初はつたない一歩であっても、絶えず踏み出し続け、望みを模索することによって、階段を一歩、一歩、上っていくことは可能である。しかも、それが信仰によってであれば、決して失望には終わらない。

仕事に限らず、生活のすべてにおいて、私は自分のすべての必要をただ主のみが満たすことができると信じ、主に乞うて来た。今、自分が何者なのか、今、自分に何がないのか、ないものを見つめて弱さを数え、私にはこれ以上のことはできませんと言って、人々に助けを求め、弱さの中にとどまるのは簡単である。自分自身の限界だけでなく、社会の情勢も、限界をもうける口実になりうる。だが、自分の望みはどこにあるのか、一体、自分はどういう人になりたいのか、どこに行き着けば満足なのか、願う自由と解放を見つめて、諦めることなく、そこに至るためのプロセスのすべてにおいて、主に助けを願いながら一歩一歩進んで行けば、一つ一つの限界は見事に打ち破られる。神は必ず願いに応えて下さることを信じるなら、そこにすべての望みを置いて、願ったものを受けるための安定した心の姿勢を自分の内に整えれば良いのである。

だが、このことには勇気もいる。再び、仕事にたとえるならば、劣悪な環境職場で働いている人がいるとして、その人が将来についての高い望みを口にしたところで、誰がそれを実現可能だと信じるだろう。平和な時代に巨大な箱舟を建設し始めたノアと家族のように、嘲りの対象になるかも知れない。おまえには今の状態がふさわしいよ、どうせ失望するだけだから、高望みや愚にもつかない大それたチャレンジはやめておけと言われ、望みをくじかれるかも知れない。

それでも、その人が望みをあきらめずに本気でその状況から脱出しようと試みると、今度は、望みを馬鹿にしていた同僚たちが、本気で敵対して来るかも知れない。彼らがスパイになったり、反対者になったりして、激しい攻撃を行って、脱出を妨げようとするかも知れない。最も激しい攻撃は、こうして、かつて仲間だった人々からやって来ることがほとんどである。つまり、ある人が、自分の置かれている集団の不自由な状態に気づいて、それまで属して来た集団を離脱しようとした時、その行為によって、集団の中にいるすべての人々が、自分たちも同じように劣悪で不自由な隷従の状態に置かれているという事実に無意識にも気づいてしまうのだ。だが、その気づきによって、このまま不自由な状態にとどまってはいけないと感じる人と、かえって侮辱を感じ、自由に対して反発する人々とが分かれる。何かの事情で、その状況から抜け出せないか、抜け出したくない人々は、自分たちがとてつもなく不自由な状態に置かれており、不幸であるという事実を決して認めないために、自分たちの集団から離脱しようとする人を「異常者」と決めつけて排除するか、同じ牢獄から逃がすまいと、徹底的に攻撃をしかけるのである。

カルト被害者救済活動の支持者が行って来たのは、そういうことであった。彼らは「被害者を救済する」ことを旗印に掲げながら、その実、被害者を誰かの支援がなければ生きていけないように、永久に「弱者性」から逃がさないように、自己憐憫や弱さの中に閉じ込めてしまう。逆に言えば、「支援者」たちは、被害者に本当に自立してもらっては、商売が成り立たないのである。だからこそ、こうした「支援者」たちは「弱者性」から人々を解放するように見せかけて、その実、「弱者性」から決して人々を逃がさないために、弱者の連帯という居心地の良い繭の中に人々を閉じ込めてしまう。その集団の中では、弱者が弱者であることを引け目に感じなくて済み、自分たちを「普通」だとみなすことができるので、安心していられるのである。

同じことが病者や障害者にもあてはまる。私は今までに一度も、重篤な病人に向かって、薬を飲まないようにとか、手術を受けないようにと勧めたことはない。そうではなく、すべての異端と手を切り、健康になりたいという願いをはっきり持って、神にそれを願えば、神はきっとそれをかなえて下さることができると述べたのみである。その実現のために、愚かしい徹夜断食連続祈祷などに参加して奇跡的な癒しに頼るべきと述べたことも一度もない。そんな手段に頼らずとも、たとえば、健康になるためには移植手術などの合理的な方法が存在するはずである。

ところが、 驚くべきは、「健康になりたい」という願いを持つよう提案すること自体が、非難の対象とされたことであった。これはブラック企業問題と極めてよく似ているように私には感じられる。前述のたとえのように、あるブラック企業において従業員の一人がその会社の異常さに気づき、「もうおれはこんな安い給与で非人間的にこき使われることには同意できない。この先、結婚もしたいし、子供もほしいし、家も買いたいし、車もほしいし…。まともな人間として生きるために、おれはここを出て行く。」などと言おうものなら、他の従業員たちから猛反対された挙句、「おまえはこの会社全体とおれたちの生き方を侮辱するのか!」と袋叩きにされかねない。この「不埒な従業員」の離脱を阻止するために、早速、他の従業員の誰かが社長に密告し、契約違反の訴訟が準備されるといった制裁も起こるかも知れない。実際、ブラック企業にはそういうカルト的な側面が必ず備わっている。そうやっていつまでも従業員同士が足を引っ張り合ってくれることこそ、まさにブラック企業の経営者の悲願なのであるが・・・。

これと同じように、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は教団の異常さに気づいてそこから離脱しようとした教会を逃がすまいと恫喝裁判をしかけたのであり、カルト被害者救済活動の支援者らも同じように、被害者運動の異常性に気付いてそこから離脱しようとする人間に、徹底的に裏切り者として制裁を加えたのである。同様に、もしも病者の集団の中で「健康になりたいと願わないのですか?」と問うたりする人が現れれば、早速、その人も袋叩きにされかねない。なぜなら、病者の集団の中では、病者であることこそスタンダードであり、健康になろうという願いを口にすることは、そのタブーを打ち破る行為であり、病者に対する侮辱と受け取られかねないからである。そうしたことはすべて、その集団の中にいる人々が自分たちの弱さを認識せず、自分たちの置かれている不自由で依存的な状態に決して気づかないようにするために行われている。

だが、不思議なことに、ほとんど決まって、そういう風にして自分は社会的弱者だから、自分の弱さは同情されるべきだという考えの持ち主が、他人の弱さに対しては極めて理解のない憐れみのない行動をとることはよくあるのだ。たとえば、自分の障害に関する話題については極めて敏感だが、子供のいない夫婦の前で平然と子供の自慢話をしたり、朝から晩まで働いている人たちに向かって、毎日、どんなに楽しい余暇を過ごしたかを平然と自慢したりすることには何の違和感も覚えない、等。つまり、「社会的弱者」というステータスを利用して、自分の弱さだけは公然と認められるべきだと考えて自分への理解や思いやりを当然のごとく周囲に求める一方で、別な側面においては、その自分自身が「社会的強者」となって他者の弱さに極めて鈍感に振る舞い、他人の心情を平然と傷つけていることには一向に気付かないのである。

こうして、「弱者性」に居直ることは、人の人格そのものを極めて自己中心に変えて行く魔法のような効果を持っている。だが、一旦、「社会的弱者」のステータスを獲得してしまった人々が、その考え方の偏りに気付くことは至難の業である。彼らにとって「社会的弱者」であることは、それほどまでに心地よく、絶対的な正義のようにさえ見えている。このように、何らかの弱さを核として(弱さを武器に)連帯する集団が生まれると、その中では、ものの見方そのものが転倒し、弱者であり続けることこそ普遍的な正義となり、これを否定する人間はみな悪人だということにさえなってしまう。そのことに疑問を抱いて指摘するような人間はみな「異常だ」と結論づけられていくところに、弱者による連帯によって築かれた集団のどうしようもない短絡性と怖さがある。

それでも、何度、そのような集団から非難を浴びることがあっても、やはり私は「弱さ」を軸に連帯したり、弱さをスタンダードに高めることで、自分たちに何が足りないのかを直視すまいとする人々の生き方には違和感を覚えずにいられない。だから、彼らからどのような非難を受けようとも、やはり、私の望むことは、限りなく「弱さ」と訣別して、「健全さ」を目指して歩むことだと感じずにいられない。

むろん、「弱者性からのエクソダス」は簡単なものではない。弱さの中にとどまるべきだという声はいくらも聞こえて来るだろう。だが、要は、当の本人が何を望み、何を信じるかなのだ。どの集団に仲間入りしたいと願うか。絶えず弱さを訴え続け、自分への特別扱いを求めることは、絶えず人の助けを借りなければ生きられない不自由で従属した状態を意味する。今、現在、自分がどれほど多くの限界を抱えていたとしても、人としての権利や可能性を十全に取り戻し、限りなく自由に、自立したいと願うかどうか。

思い出すが、ある時、私が自分たちの世代の置かれているとりわけ困難な状況を訴えた時、Dr.Lukeが私に向かってこのような返答をした。「ぼくは人生で何一つ苦労して手に入れたことがない。主にお願いしたら、全部、主がかなえて下さった。仕事も、家も、車も、こういうものを下さいと主に願ったら、全部、自然に手に入ったんですよ。職探しに苦労したことなんか一度もない。」

当時、Dr.Lukeは特段の悪意もなく、苦労知らずのお坊ちゃんのごとく、善意でこう返答したのであった。この返答を聞いた時の私の第一印象は「そんな馬鹿な」であり、次に、怒りがこみあげて来た。それは「もしそれが本当なら、今までの私の苦労は何だったのか」という怒りであった。

だが、私はその怒りをDr.Lukeにぶつけず、主に向かった。そして、主に対してこう述べた、「主よ、人生で苦労をしたことがないという人からこんな助言をされているようでは私ももうおしまいです。私が自分の弱さを人に打ち明けたのが大きな間違いだったのです。もう二度と誰にも憐れまれる隙を作らないために、私は自分の窮乏をこれから人に知らせはしません。主よ、あなたが私の保護者です。あなたは完璧な保護者です。それを疑わせるような発言をすべきでなかったのです。これからは誰にもあなたと私を侮辱させたりはせず、あなたの完全さを信じて進みます。人に助けを求めません。彼に出来たのなら、私にも出来るはずです」

それが反骨精神だったのか、自慢話に対する反発だったのか、あるいは低い信仰しか持てないのではどうしようもないという自省だったのか、定かではないが、いずれにせよ、ある時点から、私は自分の欠乏と弱さを人に打ち明けることを本当にやめて、ただ神にのみすべての必要を打ち明け、神はそれを満たして下さるという確信のもとに生き始めた。

実際のところ、私を快く支援してくれる同情心溢れる人たちは何人も現れたのだった。心づくしの愛情ともてなしを受け、素晴らしいひと時を共に分かち合ったこともあった。だが、それでも最後には、心温まる支援さえも振り切って、神の御前に一人で立つというところにやっぱり行きつくのである。

ある信仰者はそんな私の生き様についてこのような評価を述べた、「あなたに期待できるのは、望みの高さです」と。「あなたよりも良いものをいっぱい持っている人たちは、正直なところ、たくさんいます。でも、その人たちは現状に満足していて、この先の望みがないのです。自分は変わらなければならないとも思っていないし、変わることを願ってもいない。だから、その人たちの人生は、あなたよりもはるかに良く見えるかも知れませんが、今が最高で、決してそれ以上の段階がないのです。自己満足することに比べれば、今、どんなに低いレベルにいたとしても、望みさえあれば、人はいくらでも前に進んで行く可能性があります。」

これは私が信仰者から聞かされた数少ない貴重なほめ言葉の一つであるが、ほめ言葉というよりも、望みを持ち続けて生きなければならないというチャレンジのようでもある。私の人生は、主がどこまで私の願いに応えて下さり、どこまで私を本当に健やかにして下さり、キリストのように、神がかくあれかしと願われた健やかな人間に近づけて下さるのか、それを主ご自身と私との同労によって証明するための実験のようなものである。

だから、Dr.Lukeから聞かされたいくつかの言葉も、印象深く私の心に刻まれている。その中には「わざと事を難しくせよ。物事は困難であればあるほど、主の出番だ」というものもあった。さらに、別の信仰者から聞かされた「思い煩うな」という言葉もそこに加わっている。自分の失敗によって、人生がもつれた糸のように複雑になったとしても、絶望することはない。なぜなら、状況が絶望的に見えれば見えるほど、通常の状態に比べて、ますます信仰の意味が生きて来るからだ。人にはできなくとも、神に解決できない問題はない。人の手に負えない問題であればあるほど、ますます神の介在の余地があるのだ。

キリストは「人の子には枕するところもない」と言われたほどに、地上におられた時、私有財産と言えるものを何一つ持っていなかったが、それでも不思議な方法で、いつも神が必要を満たして下さったので、本当の意味で貧しくはなかった。一度も人に何か助けを求めなければならない窮乏に陥ることはなかった。むしろ、何も持たないようでありながら、全世界を所有しておられたのである。その所有を、主は地上で王として君臨することでご自分のために消費されることはなく、むしろ、私たちに管理するよう預けて行かれた。キリストを通して、信仰者にはすでに何もかもが与えられている。この地上を生きるための必要も、健全さも、来るべき世で与えられる栄誉も、何もかもである。

だから、信仰者はすべてをキリストから、キリストの御名のゆえに、キリストの達成された御業から引き出すのである。それぞれに信仰者たちは様々な言葉でこの法則を説明した。「信仰による逆算」と呼ぶ人もあれば、ウォッチマン・ニーは「信仰によって天の無尽蔵の富を現金化する」という言葉を使ってこの法則性を説明した。

私は今に至るまで、実際にかなりの必要を「信仰によって現金化した」ので、それが生きた法則性であることがますますはっきりと見えて来たのだと言える。
 
「信仰は望んでいる事柄を保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(ヘブル11:1)

人は現状だけを見、今、見ていないものは、この先も存在しないと考える。それをないものねだりとしてあざ笑う。ところが、 神は決してそのように人をご覧にならず、人が限りなく健全に、限りなく人間らしく、豊かに、自立して、自由に、喜んで生きることを願い、そうなりたいと神に乞い求める人の信仰を重んじて下さる。

「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけだし、たたく者には開かれます。」(マタイ7:7-8)

「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」(ヨハネ15:7-8)


だから、私はやはりデモには参加しないだろう。もしも私が今、学生であったなら、きっと参加して何かを叫んでいたことだろう。それはかつて私が聖霊派の聖会に出席したりしていたのと同じである。だが、それから現在に至るまでに起きたすべての出来事を通して、人というものがどういう性質を持つものであるのか、私には十分に分かった。

人にはそれぞれ個人的に歩むべき道があって、それは決して他者とは同じにならない。人の抱える「傷」や「弱さ」は、人それぞれに異なっており、たとえ同じような弱さを抱えている者同士に見えても、容易に互いを理解できるものではなく、助け合えるものでもない。だから、初めは「弱者性」によって連帯しているように見える人々も、必ず、途中から認識が割れて、互いに理解できない様々な事柄が生まれて来るのである。しかし、自分を一方的な「弱者」であると主張している限り、自分を十分に憐れんでくれない人々に非難の矛先を向けるばかりで、同士討ちに陥る危険もなくならない。そのような自己憐憫に基づいた運動の安直さは、これを弾圧したい人々にとっても、極めて都合の良いものなのだということをも覚えておく必要がある。

だから、私は「被害者意識」を捨てること、自分を「弱者」だと考え、目に見える人間に理解と保護を求める心そのものを捨てることが、人生で極めて重要ではないかと考えている。むろん、糾弾しなければならない悪事は数多く存在するが、自分たちは痛めつけられた弱者であるから、「理解されて当然」、「保護されて当然」という一方的な被害者意識は持つべきではない。そのような考えでは、カルト被害者救済活動が、その暴走の過程でカルトに同化して行ったように、最終的には、自分と異なる考えを持つ人々を排除して、自分たちの正義を一方的に押しつけるという、自ら非難している人々と何ら変わらない独善的なモノローグに至りつくしかないだろう。

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