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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。

ゴールデンウイーク中に休業していたお店が、休み明けに営業を再開していた。政府がPCR検査数を抑制しているため、日々、発表される感染者数が減っていることを見て、コロナが終息していると考えたのか、人々は、もはや政府の休業自粛要請など考慮に値しないとばかりに、日常生活を再開しようとしている気配が感じられた。

ネット上のお店も、ネット上でないお店も、クーポン券を出したり、割引をしたりして、一斉に経済を盛り上げようとしている。草の根的なレベルでは、まるで何事もなかったかのように、人々が日常に戻りつつあり、筆者自身も、「密室」からの脱出がほぼ終わったところだ。

しかし、公的なレベルで、人々がコロナの影響を脱することができるのは、まだまだ先になると見られる。緊急事態宣言が解除されても、すぐさま「社会的距離」を取る必要がなくなるわけではない。密集地帯が出来たせいで、クラスターが再発生して、減っていた感染者が再び増加に転じた国の例もある。確実で即効性のある治療薬が開発されない限り、これから2年ほどは、社会はコロナの影響を脱することはできないのではないかと筆者は考えている。

ところで、コロナウィルスが人々を恐怖によって萎縮させ、自宅や職場に閉じ込め、そこから出られないようにする「収容所化政策」に利用され、さらに、政府が補償なき休業を呼びかけることで、コロナ解雇、コロナ離婚、学生の中途退学などが蔓延し、弱い者から真っ先に滅びよとばかりの政策が取られることにより、コロナが社会的弱者の隔離・淘汰の手段として利用されているという説があることを、以前の記事で紹介した。

その説を私たちはあながち笑えない状況にあることもすでに書いた。

以下、そのことについて、少し触れておきたい。

* * *

筆者は、人間社会において、弱肉強食の原則が振りかざされることは、あってはならないと考えている。そういう考えの根底にあるものは、優生思想であり、この思想を筆者は心から憎んでいる。

優生思想に基づいて実行された隔離政策の中には、アウシュヴィッツ絶滅収容所などに代表されるユダヤ人の殲滅の思想、ハンセン病者を根絶することを目標に掲げたハンセン病絶対隔離政策などが挙げられる。後者は、日本で平成になるまで、政府主導で進められた。

ところで、ハンセン病の絶対隔離政策に天皇が利用されたことは、当ブログでも書いた。

筆者は一時期、長島愛生院を訪問し、隔離政策の恐ろしい真髄に触れた一冊の著書を書くことを本気で考えていたが、以下の記事は、その頃、筆者が書こうとしていた内容にとてもよく似ている。

PRESIDENT Online  の記事「「ハンセン病隔離施設」を後押ししたのは皇室だ  島に全ての患者を集めようとした男」(原 武史 政治学者)2019/12/23 11:00

この記事で注目されるのは、ハンセン病絶対隔離政策は、天皇を「ハレ」(=浄めの象徴)とみなし、他方、ハンセン病者は「ケガレ」であるとする思想に基づいていたとして、ただ単に優生思想に言及するだけでなく、日本の民俗的な用語を使って、その究明を試みている点だ。

もちろん、こうした視点は何ら新しいものではない。以前にも紹介した通り、厚労省のホームページに掲載されている「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書」では、天皇制とハンセン病の絶対隔離政策についても、相当に詳しい分析がなされている。以上の記事は、そこでも言及されている問題のほんの一端を紹介しているに過ぎない。

ハンセン病の絶対隔離政策は、もともと、天皇は公的な存在であって、「ハレ」の象徴であり、他方、民は私的な存在であるから、「ケガレ」であるという考えを基礎として、そこからさらに進んで、「ケガレ」である民の中でも、ハンセン病者は、最も忌み嫌われ、見劣りのする「ケガレ」であるという考えに立って生まれたものである。

このような何の根拠もない「ハレ」と「ケ(ケガレ)」の思想を基礎に、前近代において、ハンセン病者は隔離と殲滅の対象とされ、そのために、各地に収容所が作られ、岡山県の長島は、島ごと隔離政策の拠点とされることになったのである。

前述の記事「「ハンセン病隔離施設」を後押ししたのは皇室だ  島に全ての患者を集めようとした男」(原 武史)から引用する(下線、着色は筆者による)。
 

前近代から天皇は、ケガレ(「穢」)の対極にあるキヨメ(「浄」)のシンボルであり続けた。だがここで意識されているのは、むしろ近代の衛生学的な「清潔」の観念と結びついた天皇である。

いや正確にいえば、両者は一体となっている。「島」に検疫所を設け、帰還した兵士を集めて徹底した消毒を行い、一人でも伝染病の患者が見つかれば隔離することで、天皇の支配する「清浄なる国土」を守らなければならないという思想が見え隠れしているのである。


この記事で解説されている通り、天皇を「神」とみなした戦前の日本では、日本という国自体が、「神」を入れる入れ物、つまり、天皇の支配する「浄土」とみなされた。

そこから、調和に満ちた「浄土」であるはずの日本に、見栄えの悪いハンセン病患者などいてはならない、ハンセン病者は「浄土」の調和と釣り合わず、これを穢す者であるから、忌み嫌われるべき者として、隔離せねばならないし、そうするのは当然だ、という恐ろしい思想が生まれたのである。

つまり、ハンセン病患者は「浄土(神国)」たる日本の「恥」と「不名誉」をさらすものであるから、「タブー」であって、隠さねばならず、さらに根絶せねばならないとみなされたのである。


こうして、ハンセン病者は、人間にも関わらず「神」として君臨しようとした天皇の威信を保つために、また、「神国」の体裁を守るために、生きたタブーとして隔離・根絶の対象とされたのである。

しかしながら、天皇は、まさか自分が、彼らを収容所に閉じ込めたなどとは決して認めない。

むしろ、天皇は、自分のせいで収容所に閉じ込められたハンセン病者に、優しく「おことば」をかけ、彼らを助け、慰めてやる存在として、彼らの前に登場する。もちろん、登場すると言っても、「ケガレ」であるハンセン病者の前に、「ハレ」である天皇が姿を見せるわけではない。そんなことはできるはずもないことである。だから、天皇は遠くから短歌を詠んで「おことば」をかけるだけである。だが、その「おことば」の効果は絶大であった。
 

この隔離政策にお墨付きを与えたのが、大正天皇の后、節子(貞明皇后)であった。

節子は、ハンセン病患者の垢を清め、全身の膿を自ら吸ったという伝説がある聖武天皇の后、光明皇后に対する強い思い入れをもっていた。昭和になり、皇太后となった節子は、「救癩」のため多大なる「御手許金」を下賜したほか、「癩患者を慰めて」と題する和歌を詠んでいる。

つれづれの友となりてもなぐさめよ ゆくことかたきわれにかはりて

行くことが難しい自分自身に代わって、患者の友となって慰めてほしい――皇太后からこう呼びかけられた光田は、感激を新たにした。天皇と並ぶ「浄」のシンボルとしての皇太后が、「穢」としての患者に慈愛を注ぐことはあっても、直接「島」を訪れることはない。だからこそ光田らがその代わりにならなければならないというのだ。

35年1月18日、光田は東京の大宮御所で皇太后に面会し、「一万人収容を目標としなければ、ライ予防の目的は達せられないと思います」と述べたのに対して、皇太后は「からだをたいせつにしてこの道につくすよう」と激励している(前掲『愛生園日記』)。

  
それにしても、何という無責任かつ高慢さの伺える短歌であろうか。

「つれづれの友となりてもなぐさめよ ゆくことかたきわれにかはりて」という節子の歌を意訳すれば、こうである。

「私のように神々しい存在である天皇が、ケガレであるハンセン病患者のもとになど、どうして訪れられようか。私は彼らとは別格であり、穢れた病になど触れることも厭わしいため、絶対に彼らのもとを訪れるわけにはいかない。

だが、その代わり、私は私の慈悲の証として、彼らに「友」を送ってやろう。それは患者を人体実験に使う残酷な医師や、逃亡を阻止する見張り人などである。彼らは、私が遣わした者たちを「友」とみなし、彼らの振るう鞭を、「なぐさめ」であると考え、絶えず彼らを敬い、おとなしく言うことを聞いて、隔離されていなさい。それによって社会の秩序が保たれるのだ。」

こんな内容の短歌を、当時のハンセン病患者の強制隔離収容所の当局は、天皇の慈悲と慈愛を示すものとみなし、涙を流してありがたく受け取っていたのである。

一体、この歌のどこに慈愛と慈悲が見られるというのだろう。この歌の結論は明白であって、天皇は神であって、卑しいハンセン病者などとは別格の存在であるとして、安全地帯の高みから病者を傲慢に見下ろしながら、「慈悲」と称して、非人間的な絶対隔離を命じる、それだけである。まさに名目と実質が正反対である。

プロミンが開発されて、ハンセン病が不治の病でないことが証明された後も、この絶対隔離政策は、平成まで続いたが、それも、天皇制が戦後も続いたことと無関係ではなかろう。天皇を「浄」のシンボルとみなし、国民を「ケガレ」とみなして、国民が自己卑下しながら、天皇の存在や、その「おことば」をありがたがる心境が、天皇制と共に、戦後も長らく続いたからこそ、その陰に、こうした非人間的政策が、その忌まわしさを明らかにされることもなく、長期に渡り、存続したのである。
 

一方、長島愛生園は、戦後も戦前と同様の役割を果たし続ける。戦時中に米国で特効薬プロミンが開発され、ハンセン病が不治の病でなくなったにもかかわらず、国の隔離政策が改まることはなかったからである。

その背景には、皇室からお墨付きを得た光田の「衛生」思想があった。一見、近代的な装いをまとったその思想は、皇室を「浄」のシンボルと見なす前近代以来の思想と結びつくことで、揺るぎないものとなった。


戦前・戦中には、日本という国を、天皇を「神」にいただく「浄土」とみなす思想に基づき、この国は、「浄土」を全世界に広めようと、アジアの諸国に侵略戦争をしかけたのである。その頃に生まれたアジアの国々に対する蔑視と偏見は、戦後になっても、まだこの国に残っている。

GHQは、日本を占領した際に、天皇制こそが日本国民を死に追いやった元凶であることに、当然ながら、気づいていたはずであるし、天皇制を廃止することもできたものと思うが、日本を反共の砦として残しておくために、また、新たに米国が支配者となって日本を支配することをカモフラージュするため、天皇制を残しておいた方が、都合が良いと判断した。

そのため、未だに日本では、最も戦争責任を取るべき者がその責任を取らされることもなく、戦没者の遺族を「慰めて」いるのであって、国民は真の意味での戦後を迎えていないのである。

天皇及び政府が「ハレ」であって、国民は「ケガレ」だという思想が、未だ多くの人々の心に、見えない形で残り続けているのである。

政府は絶対隔離政策が終わってから、ようやくハンセン病患者に対する補償に乗り出したが、それも以前に触れた通り、甚だ不十分かつ不完全な制度であった。2001年に施行された「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」は、施行から5年間で申請期限が切れるという短いもので、自己申告制であったため、絶対隔離政策の犠牲となった人々のうち、この補償を受けられたのはごくわずかなパーセンテージに違いないと見られる。

また、安倍政権のもとで、ハンセン病者の家族による国賠訴訟が提起されたことを受け、昨年末に、ようやく「ハンセン病元患者家族に対する補償金制度」が始まった。しかし、この制度も、依然として申請期間を5年間と限定し、自己申告制を取っており、申請に必要な書類も膨大に上る。

隔離政策が世紀を通して続き、ハンセン病者は、長年、政府が主導した差別を恐れて、病に罹患したことだけでなく、自分の存在そのものをタブーとして生きて来なければならなかったことを考えれば、上記の制度は、あまりにもその償いとしては不十分である。名乗り出たくても名乗り出られず、思い出すことさえつらいから手を挙げることができない苦悩を負っている人々は多く存在するはずである。

国は、自分たちがタブー化して追い込んだハンセン病者とその家族が自主的に名乗りを上げるのを待つべきではなく、自ら絶対隔離政策を敷いた償いとして、彼らが生きているうちに、最後の一人まで見つけ出して補償を行う努力をなすべきである。

* * *

ところで、話は変わるが、筆者はハンセン病者の絶対隔離政策の中に、当ブログで幾度も触れて来た反カルト運動家の思想と共通点を見いださずにいられない。
 
プロテスタントのキリスト教界において、反カルト運動に携わる牧師や信者たちが、カルトとみなした宗教の信者を強制脱会させるために、路上で信者を拉致し、彼らを車に押し込んで連れ去り、窓に鉄格子がはめられ、ドアに南京錠がかけられた密室のアパートに監禁し、脱会のための説得を繰り返していた歴史があることは、すでに幾度も言及して来たことである。

プロテスタントのキリスト教界の一部の牧師や信徒らによって推し進められた強制脱会活動は、統一教会の信者を対象とするものだけに限っても、1960年代から2016年になるまで続いた。その犠牲となった信者は4千人を超えるとされている。

近年、こうした強制脱会活動に関わった牧師の中には、刑事告訴されたり、裁判で多額の賠償判決を受けた者もある。犠牲になった信者の中には、10年以上監禁された者もあった。

反カルト運動の場合は、長島愛生院へのハンセン病者の集団隔離とは異なり、あくまで個別の隔離であったものの、全体として見ると、そこには一つの共通するプログラムがあったことが分かる。

それは、自分たちは正しい福音を知って、救われた人間であるとみなすキリスト教の牧師が、息子娘がカルト宗教に入信した親から、助けてくれと依頼されたことを機に、そうした宗教に走った信者の存在そのものを「社会的タブー」とみなして、思想改造を目的に、密室に閉じ込めて懲罰を加えることを正当化するというプログラムである。

牧師たちは、自分たちの教会を、神の国の到来した浄土のようにみなす一方で、彼らがカルトとみなした宗教に入信した信者は「ケガレ」であるとして、彼らが誤った信仰を放棄するまでは、存在そのものを社会から隔離しなければならないとして、何の法的根拠にも基づかず、勝手に強制隔離を行ったのである。

それは脱会運動というよりも、「カルト」とみなされた宗教に入信した信者の存在そのものを「タブー」化し、「恥」とみなして、物理的に排除することを目的とした運動だったと言えよう。

表向き、その運動には「カルトからの救出」という名目がつけられていたが、そこで実質的に行われていたのは、救出という名の閉じ込め、身勝手な懲罰の容認であった。

そこでは、信者が「誤った信仰」を放棄するまで、密室から出さないという方針が取られていたが、そのような非人間的な拘束を正当化する名目として、そうした宗教に走った信者は、親を悲しませ、社会に迷惑をかけたのだから、密室に監禁されて、悔い改めるまで、懲罰されても仕方がないという身勝手な理屈が用いられた。

こうして、カルト思想を警戒するとか、信者を救出するとか言いながら、その運動は、カルト思想もろともに信者を危険物扱いし、信者がその信念を放棄しなければ、一生、密室から出られないようにするという、恐ろしい内容だったのである。

筆者が、実際にこの活動の犠牲となった信者の手記を読んでいて感じたのは、存在そのものを「ケガレ」とみなされて、密室のアパートに隔離され、身体の自由を奪われ、家族に24時間、監視されていた信者のもとを、キリスト教の牧師が訪れる瞬間の残酷さである。

ハンセン病者の隔離施設では、天皇は、感染を恐れて、訪れることはなく、患者におとなしく隔離に応じるよう命じる高慢な短歌を詠んだだけであったが、キリスト教の牧師たちは、「忌むべきカルト信者」に「誤った信念」を放棄させるために、自ら密室に監禁されている信者のもとを訪れ、説得を重ねた。

自由を奪われた信者たちは、彼らの誤りを上から傲然と指摘して、説教を繰り広げる牧師たちの姿を見て、どんなに屈辱を覚えたであろう。中には、牧師(反対牧師)からその際、ひどい犯罪に及ばれたという事件の報告もある。

信者は、隔離と監視を解かれたければ、牧師の言い分に従い、信念を放棄するしかなかった。

筆者は、キリスト教徒であるが、そもそも信仰というものは、他人から強制されるべきものではないと考えている。聖書の神は、人間を自由意思を持つ者として創造されたのであり、救いを人に強制されない。だから、以上に挙げたような、他宗教の信者に対する強制脱会運動が、聖書に基づく、正しい活動であるはずがないと筆者は考えている。

だとしたら、聖書の教えに反する活動を繰り広げる牧師たちが、正しいキリスト教の信仰を持っているはずがあるまい。むしろ、反カルト運動こそが、キリスト教と呼ぶべきではない、異端の考えに基づくものであって、実は、カルトを取り締まると言っている人々こそが、最もカルト思想に近い考えを持っている人間だと言えるのである。

このようなことを発言したところ、筆者はキリスト教徒であるにも関わらず、反カルト運動を率いる(自称)キリスト教徒らから、カルト信者と呼ばれるようになり、狙い撃ちにされた。彼らは、筆者に対しては強制脱会活動が行えないので、無理やり筆者を「カルト信者」に仕立て上げ、インターネットにバーチャルな「密室」を作り上げ、そこで筆者を袋叩きにして、「再教育」を施そうとした。

こうしたやり方を見ても、到底、こんな手段を用いる人々が、真のキリスト教徒であるとは、筆者には思えない。だが、全く恐ろしいことに、そうした人々の悪事を訴えた裁判において、法廷さえも、密室と化したのである。

だから、筆者は密室から脱出するための答えを探していた。神は正しい方であるから、この世の司法が曲げられて、正しい者の訴えが退けられるようなことをお望みにはならないであろう。だが、その答えが実現するためには、筆者自身が、この試練を乗り越える術を見つけなければならない。そして、その答えのヒントは、目の前に、筆者の職場の中にあった・・・。

* * *

なぜ今回、このような話を持ち出したかというと、今、天皇のみならず、政府もまた「ハレ」であって、「ケガレ」たる国民は、政府のために、すすんで犠牲になるべきだという、とてつもなく誤った思想が、再び、この国に台頭して来ていると感じずにいられないからだ。

今の世の中で、天皇のために国民が犠牲になれとは、誰もおおっぴらに言えないであろう。だが、政府が、国民を虐げる強大な権力となることは有り得ることだ。改憲が成し遂げられて緊急事態条項が創設されれば、たちまち戒厳令国家が成立する。検察人事に政府が介入できるような法案が国会に提出されていることも、その布石である。

そこで、私たちは、政府が「ハレ」として国民を「ケガレ」とみなして虐げ、戒厳令下で密室に隔離する事態となることを本気で警戒せねばならない時代に来ている。
 
さて、ここから先は、具体的なことは書けないので、物語風に「イソップの言葉」で書くことをお許し願いたい。

我が職場には、度々、現場を訪れる上司がいた。外見的には美しく、物腰は柔らかで、優しく、親切で、その言葉は、とても善良な響きを帯びているように思われた。少なくとも、その人が、他人を叱りつけたり、声を荒げて非難したところを、筆者は一度も見たことがない。

だが、その下にいる部下は、非常に残酷で、憐れみがなく、上司には似つかわしくないように見えた。そして、その上司が連れて来る社員も、利己的で、横暴で、思いやりがなく、なぜこんな人々ばかりが集められて来るのかと、筆者は常に疑問を感じていた。

しかしながら、上司は筆者には優しかったので、筆者は長い間、利己主義者と悪人だらけの職場で、その上司だけは、筆者の理解者であると考えていた。

ところが、ある時、上部に逆らった社員が、社内軟禁状態に置かれるという事件が起き、それを機に、筆者は社内の体制の正しさを根本的に疑い始めた。

特に、コロナが蔓延してから、上司は現場を訪れることさえなくなった一方で、社員には出社しないことは許されなかった。

そういう一部始終を見ているうちに、筆者は、この職場では、上司だけが、存在を守られるべき「ハレ」であって、社員たちは「ケガレ」なのだということに気づいた。

もっと言えば、社員たちは、実はコロナが蔓延するよりもずっと前から、職場へと隔離されていたのである。すなわち、やんごとなき人々の重荷を肩代わりし、誰かのやるべきだった仕事を、代わりに押しつけられ、未来へとつながらない、昇進の見込みもない、味気ない労働を担うために、職場へと隔離されていたのである・・・。

上司は、隔離された人々を慰問するために、現場を訪れていた。それを、励まされ、慰められ、助けられ、ねぎらわれていると思っていたのは、大きな間違いだったのである。

「ありがたきお言葉」が、上からかけられることにより、社員らは、自分たちがどんなに理不尽な境遇に置かれているか、気づかないようにされ、これから先も、隔離に応じ続けるようマインドコントロールされた。

それが優しさでもなければ、思いやりでもないことは、筆者自身が、「密室」を体験したことによって、初めて分かった。
 
上司に逆らった社員だけが、特別に密室に隔離されていたわけではなく、実は、この職場全体が「密室」だったのだと分かった。すなわち、その職場自体が、「ハレ」である人たちが、見たくないと目を背けた負の仕事を担うために、特別に作られた収容所であり、それ自体が「ケガレ」だったのである。

かくて、そこで働く社員たちは、やんごとなき人々から見れば、目を背けたくなるような仕事を担うために特別に集められた「ケガレ」の集団であり、それだからこそ、特別に目を背けたくなるような事情を持つ人々ばかりが集められて来たのであり、なるほど上司が滅多に現場に来ないわけであった。

筆者は、大勢の人々と共に、自分の能力も知識も生かすことができない、囚人のごとく味気ない労働を横並びに行なわされることには耐えられないし、社員らが囚人のように争い、互いに足を引っ張り合いながら、互いを監視して、密室に閉じ込め合うような関係性は、うんざりであった。

さらに、いつまで働いても、貧しさからも、不自由からも出られない囚人労働のような仕事などは、愚の骨頂としか言いようがない。

そういうわけで、筆者は、密室に「ケガレ」として閉じ込められる人生そのものに、我慢がならなくなって、自由を求めて、大胆に獄屋の戸を開けて出て行くことに決めた。

だが、皮肉にも、それを可能にしてくれたのは、冷淡で残酷に見えた幹部の容赦のない閉じ込め政策による圧迫と、滅多に職場に来なかった上司その人の言葉でもあった。その上司は、筆者を密室に閉じ込めておくためにこそ、筆者を慰問し、ねぎらいのことばをかけたのであろうが、その時、その人は、うっかりと本当のことを言ってしまったのである。

その上司は、自分と筆者とは、同じであると述べた。筆者に言葉をかける人は、上司に言葉をかけているのと同じであり、筆者は、上司と敵同士ではなく、たとえ職場が崩壊しても、筆者がその責任を担う必要はないと。

それはちょうど、天皇が収容所にいるハンセン病者に向かって、自分たちは同じ存在だと述べたに等しかった。

筆者はその言葉を、額面通りに受け取ることにして、獄屋を開ける鍵として利用した。こうして、「ケガレ」であるはずのものが、「ハレ」になったのである。

だが、それは至極当たり前のことであって、筆者は、上司から言葉をかけられなくとも、もともと「ハレ」なのである。

それは、真に「ハレ」なる存在は、全世界にただ一人、まことの神ご自身しかいないからである。

聖書によれば、もともとすべての人間は罪に堕落しており、よって、「ケガレ」なのであり、罪なきお方は、キリストただお一人しかいない。

そのキリストに連なればこそ、筆者は、彼と共に死んで、生きることによって、「ケガレ」ではなくなり、「ハレ」とされたのであり、だからこそ、他の誰からも、筆者の罪なきことを証明していただく必要はなく、誰にも罪人扱いされずに、堂々と密室を出て行く権利を有するのだ。

そこで、自分たちが「ハレ」だと考えたい人たちが、他人をどんなに「ケガレ」扱いし、抑圧し、ずっと閉じ込めておきたいと考えたとしても、そんな狂気の沙汰に、筆者はおつきあいするつもりはない。

聖書の事実を否定して、自分たちが罪赦されてもいないのに、「ハレ」だと名乗りたい人々は、勝手に嘘をつき、自分を「神(=ハレ)」とするだけでなく、「神」である自分の力を使えば、世の中をすべて「ハレ」に塗り替えられると嘘をつく。

その偽りに基づき、彼らは自己の周りに「浄土」を作ろうとする。そして、「浄土」が来ていると偽りを言う。日本を取り戻すとか、訳の分からないスローガンを述べている政治家も、要するに、同じことを言っているのだ。

だが、それは浄土などではなく、ただの密室である。

太古からずっと、悪魔的思想に憑りつかれた人々は、人類から自由を奪い、人類を密室に閉じ込めて懲罰を加えることにより、その人間性を改造し、浄土を作れるという、グロテスクな計画に熱中して来た。

彼らは、「浄土」を作ると言いながら、自分たちの考える「浄土」にそぐわないすべての事実を否定し、彼らの主張が嘘であることを見抜いた人々をすべて罪人扱いして、密室に閉じ込めて、社会から排除し、根絶しようとはかって来たのである。

つまり、「ハレ」であるはずの者の恥や不正を暴露し、「浄土」であるはずの場所に、不調和を発見するような人間は、不届き千万な「罪人」だというわけで。そういう者は「浄土」にふさわしくないから、考えを改めるまで、密室の牢獄に閉じ込めておけというのだ。

だが、そういうことは、彼らの言う「浄土」が、初めから嘘っぱちだからこそ、起きるのである。

天皇を「神」として崇めれば、「神」であるはずの天皇が支配する「浄土」であるはずの場所では、誰も生かされない世界が出来上がる。そんな偽物の「神」に着き従えば、全員がその者と心中を強要されるという結末が待っているだけだ。

ハンセン病者は隔離されて根絶の対象とされ、ハンセン病にかからなかった健康な者は、危険思想に感染したということで、非国民扱いされて、特高警察により拷問を受けて殺される。若者は徴兵されて、特攻隊に入れられて死に、国土に残った者たちは、空襲で焼け死に、死ななかった者も、捕虜になってはいけないからと、集団自決を迫られ、大陸に進出した者は、戦火の中に置き去りにされて死に、一億玉砕するまで、戦争を続行すると言われ、外圧によって終止符が打たれなければ、その戦争には終わりがなかったのだ。

それは、天皇を「神」とすれば、誰も生き残れない世の中が成立するだけであることをよく証明している。

生きた人間を「神」としようとすれば、いつの時代であれ、同じことが起きるのであって、彼らの言う「浄土」は、それ自体が、誰も生き残れない密室と化して終わる。

だが、それは天皇を「神」とする場合だけでなく、首相を「神」としたり、政府を「神」とする場合も、同じなのである。

聖書によれば、神の国は、キリストと共に、私たち信じる者の心の内にすでに来ている。従って、私たちには、誰か偉い人たちに、浄土を作っていただく必要ははないし、偉そうな政治家に、日本を取り戻していただく必要もない。

キリストの血潮によって罪赦された筆者を、再び罪人扱いして、密室に閉じ込めようなどと考える人々がいるならば、その人々は、筆者に敵対しているのではなく、筆者の信じている神に敵対しているのであるから、その人々に、正常な人生の結末が訪れるはずがない。

そういうわけで、密室と化した職場には、まともな明日は来ないと、筆者は考えている。そのことが分からない人たちだけが、そこに残ろうとする。つまり、そこが収容所であると気づいていない人だけが、その場所にしがみつき、自らの地位を保とうとする。だが、しがみつけば、しがみつくほど、密室はますます彼らを締めつけ、自由を剥奪し、逃げ道を塞いでいく。与えられるものは、ますます少なくなり、自由は狭まり、脱出にもタイムリミットがある。その機を逃せば、出られなくなり、いずれは倒壊に巻き込まれるだけだ。

その密室には、「バビロン」という名がつけられており、そのレンガの壁には「俺たちにはできる!」と記されている。神は天の高みから、彼らの高慢を見て、嘲笑われる。そして、「あなたたちにはできない」と宣告される。

神は、人間が天に届くために、ただ一つの道しか用意されなかった。それが、御子キリストの十字架である。「人にはできないが、神にはできる」ことを証明された、ただ一人の方の死と復活の道を通らないで、天に到達しようとする者は、みな罰せられる。

彼らは分裂し、言葉が通じなくなり、意思疎通ができなくなって、混乱に陥り、かくて彼らが作ろうとしている天まで届く救済システムは、永遠に完成することなく、崩れ去って終わる。

そんな生き方は、筆者はご免被る。そこで、バビロンの倒壊が起きるよりも前に、荷物をまとめて、密室を脱出した。密室は、快く筆者を釈放してくれた。「ハレ」なる上司は、とうに安全な場所に避難して、姿も見せなくなって久しいが、筆者が脱獄したのを見て、大切な取り巻きたちを、刑務所から引き上げさせた。

かくて「ハレ」なる人々は、みなその場所を去って行ったのである。もちろん、筆者と上司とは、異質であって、同じ意味で、「ハレ」という言葉を使ってはいない。彼らはこの世において地位を築いた人々であり、筆者は、天において、見えない神に承認された者である。

だから、我々は全く別の意味で「ハレ」なのであり、まことの神を知らない人々は、実のところ、自分をどんなに「ハレ」だと主張しても、「ケガレ」に過ぎないのである。だが、そのことをさて措いても、最も愚かで、最も無知な人々だけが、「自分たちはハレだ!」と主張しながら、密室に残されたのであり、そんな人たちがどんなに集まっても、何も生み出されるものは何もない。

筆者を「ケガレ」扱いしていた間は、密室は四の五のうるさく言っていたが、いざ筆者が、王になるからと、さよならを告げると、気前よくドアを開けてくれ、もはや筆者を非難することはなくなった。

もうこれ以上、貧しさと、不自由に脅かされ、自己の能力も、知識も、経験も、何一つ生かせず、大勢の囚人から監視され、身動き取れない生活はたくさんである。理解し合うこともできないほどに、道徳的なレベルの低い人々に、絶えず絡まれて、引きずりおろされながら、彼らと同じ牢獄に閉じ込められて生きることはできない。

筆者は、その牢獄から人々を解放するためにこそ、ここに置かれているのだ。

上司は、筆者と同じ者だと言いながら、筆者に何の権限も付与してくれなかったが、神は筆者にはかりしれない絶大な権限を、お与えて下さっている。

筆者には、見えない主ご自身が、慰めを与え、信仰によって、私たちは一つだと言って下さる。そこで、筆者には、どんなにやんごとなき人々であっても、人間に過ぎない者に結ばれる理由がない。

だから、筆者は天の父なる神が御子を通して与えて下さった高い地位と権威を利用して、「ケガレ」の世界を抜け出し、「ハレ」の世界で生きて行くことに決めた。だが、それは筆者だけが、高みから君臨するためではなく、より多くの人たちを自由にあずからせるためである。

「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。」(コロサイ1:13)

「あなたがたは死んだのであって、あなたがたの 命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。 」(コロサイ3:3)

「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。
 耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。
 キリストを否むなら、キリストもわたしたちを否まれる。
 わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。
 キリストは御自身を否むことができないからである。」(2テモテ2:11-13)


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そういうわけで、筆者はまた一つ、新たな密室を打ち破った。

聖書の神は、正しい生き方をする人を、悪人と共に滅ぼすことはなさらない。神はロトの一家が脱出を終えるまで、ソドムを滅ぼすことはなさらなかったし、ソドムとゴモラに滅びが迫っていることを、アブラハムとその親戚には前もって告げて下さった。

そこで、筆者が出て行くまでの間は、神は地上の組織を守られるだろう。そして、この脱出劇は、地上における審理のリハーサルであったと筆者は考えている。密室は、筆者を吐き出したとき、置き土産を残して行った。それが筆者の出エジプトの戦利品である。

筆者が密室を打破したことは、この国で、人々が戒厳令下の生活を送ることなどあり得ないことをよく示しているように思う。コロナウィルスを理由に、国民を閉じ込めようとする政策があるなら、それは功を奏しないだろう。草の根的な活動を封じ込めることはできず、私たちの自由な発想の余地を潰すことはできない。

むしろ、今、政府が「ハレ」として、その威信をかけて進めて来たプロジェクトが次々と頓挫している。アベノマスクは届かないし、届いても、汚れだらけで使えず、使っても予防に効果がなく、東京オリンピックは、来年になっても、開ける見込みはない。

日本という国は、少子化と労働力の不足のために、放っておいても、これから未曾有の没落を迎えることとなる。そのツケは早晩、政府自身にも回って来るのであり、今は焼け太りしたり、かつての栄光よもう一度、とばかりに、ありもしないファンタジーを持ち出し、自己高揚に浸っているような場合ではない。

ところが、「神国日本よもう一度」と叫びたい人たちがごまんといるのだ。彼らに口を利くチャンスを与えてはいけないし、祭典など開かせてはならず、スローガンを叫ばせることさえいけない。

生まれながらの罪深い人間の威信を誇るだけのバビロンには背を向けて、真に堅実だと言える生き方を打ち立てる頃合いである。ヨセフが来るべき飢饉を予測して、エジプトの国中に穀物の備蓄を命じたように、今、破滅を逃れるためには、たくわえがなくてはならない。金銭的な貯えのことではない。正しい生き方の蓄えである。

そこで、ノアの洪水前に、ノアが箱舟を建設していた作業のように、人には理解されないかも知れないが、神の目に評価される、時を超えて残る仕事をしたいと筆者は願う。

密室を脱し、どこへ行って、何をするのか、筆者の心の中には計画がある。
 
筆者は、天の秩序を地に引き下ろすため、命の水を流し出すパイプラインを建設し、それをこの地から広域に渡って流し出す計画を進行中である。神の国は、信じる者の只中にこそあり、それゆえ、信じる者は、天の秩序を持ち運んでいる。筆者には、命の水を流し出すことも、止めることもできることが分かった。今、考えていることは、どこへ向かって、この水を放出すべきかということである。

困ってもいない人々を助ける必要はないし、誰かの怠慢を助長するために、額に汗して労するわけにはいかない。水は低い方へ流れる。真に困っている人、必要としている人のもとに、必要なものが、必要なタイミングで届けられなければならない。そのような流れが実現できれば、筆者が豊かになろうと思わなくとも、結果はついて来るはずだ。

そこで、筆者は、地上で「やんごとなき人々」と呼ばれる人々には背を向けて、彼らの承認や賛同を求めることをやめて、見えない神の御前で、真に高貴な人と認められるために、まだ見ぬ都へ向かって歩いて行きたい。それは目に見えない階段を一歩一歩上って、天の御座に近づいて行くような歩みである。一つの所で、功績を打ち立てても、決してそこに安住することなく、先へ進んで行く。この世では寄留者なので、どこにも定住せずに、常に「更にまさった故郷」を求めて旅して行くだけである。

地上におけるすべての試練を耐え忍び、それに勝利する秘訣を学ぶなら、やがて来るべき日に、彼と共に栄光を受け、支配者となるだろう。

「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。」(ヘブライ11:13-16)

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