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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

真の加害者は誰か?〜戦争とハンセン病隔離政策に見る政府の主体なき反省~

今までグノーシス主義の構造を解明すると幾度も予告して来たが、まだその本題に踏み込めていない。これまでのようなペースで記事を進めていくことはかなわないが、本題に入る前の序章への一歩として、戦争責任と、ハンセン病患者に対する絶対隔離政策に関する国の主体なき反省という問題に触れておきたい。なぜこの問題に触れざるを得ないかは、追って記事に記して行く予定である。

厚生労働省に「社会援護局」という部局がある。ここでは社会福祉及び戦後処理に関する仕事が扱われている。ちなみに、この局の英訳は、厚労省がウェブサイトに発表している組織図によると、”The Social Welfare and War Victims' Relief Bureau (including the Department of Health and Welfare for People with Disabilities”となっている。
 
この英語を忠実にきちんと訳すなら、決して「社会援護局」という呼び名にはならないはずだ。 「社会福祉障害者への保健福祉を含む及び戦争被害者救済 」というような訳になると思われる。いずれにしても、「社会援護局」という日本語の呼称には、英語の呼称には明確に記載されている「戦争被害者への救済」(War Victims' Relief)という言葉が丸ごと抜けているのである。

"War Victims"という単語は、「戦争被害者」とも「戦争犠牲者」とも呼べる非常に強い響きを帯びた言葉だ。誰の犠牲者なのか? 当然、政府の犠牲者である。つまり、政府の引き起こした誤った戦争の犠牲者という意味である。
 
この「戦争の犠牲者」という言葉を、厚労省は国内向けの呼称には全く使用していないのだ。

このことは、日本政府が対外(米国)向けの説明と、国内向けの説明において、巧妙に二重の態度を使い分け、相矛盾する説明を繰り返していることを示す一端である。つまり、政府は、対外的にはあくまで敗戦国の政府として、戦争被害者へちゃんと補償を行っていますよとへりくだってアピールしながら、日本国民に対してはあくまで「私たちはおまえらを援護して(助けて)やっているんだ」という上から目線の態度を崩さず、一切、自らの(政府の)戦争責任には触れようとせずに、自分たちがあたかも慈善事業かもしくは気前の良い善行でも行っているかのように戦後処理という仕事を美化しているのである。

だが、それは戦後処理であるから、本当は国民への「援護」と呼べるものではなく、政府が自ら犠牲にした人々への当然の償いであり「罪滅ぼし」に過ぎない。社会福祉と一緒くたにして論ずべき仕事でもない。それを一緒にすることにより、政府は戦争犯罪に対する贖罪のニュアンスを消し去っているのである。

さらに、厚労省は日本政府の戦後処理を中心的に行っている部署であるが、あらゆる省庁の中でも、唯一、巨大クラスの戦没者の「霊安室」を抱える省であるという点でも、特異な存在である。

以下の動画でも言及されているように、庁舎の四階を中心として、職員らが普通に仕事を行なっている執務室と並行して、同省には国民の遺骨がおさめられた「霊安室」が散在しているのだという。以下の議員の質疑によると、厚労省に存在する「霊安室」の規模はかなり大きく、全体としては、もはや霊廟と言っても良いほどであるそうだ。

このような「霊安室」は、身元が不明であったり、引き取り手がなかったり、または千鳥ヶ淵の墓苑に入れきれない(入れるのがふさわしくない)遺骨を仮置きしたことから巨大化して行ったと見られる。

実のところ、遺骨収集事業そのものも、政府にまつわる利権と化している。政府の下請けの仕事はどれもそうであるが、大規模な公共事業の建設を除けば、どれも企業にとっては決して実入りの良い仕事とは言えない。毎年の入札で最低金額を提示する会社がそれを受注するくらいなので、集まって来るのは、人件費などは真っ先に削ってでも、その薄利の中からでも何とか儲けを取りたいハゲタカ・ハイエナのような企業のみである。そこで、原発利権がそうであるように、こうした政府の下請け事業においては、環境はひどいものとなり、仕事の質もそれだけ疑わしいものとなっていく傾向がある。

それだからこそ、幾年も前に、フィリピンなどで収集された遺骨の中に、果たして日本兵のものであるかどうかが疑われる遺骨が混じっていたというニュースも、まだ記憶に新しい。この行方の定まらない遺骨をどうするのかという問題も、ずっと棚上げされたまま、省内の霊安室に仮置きされて、もはや放置状態で今日を迎えているのだと考えられる。いかに毎日、花や水が手向けられていたとしても、オカルトや怪談ではないのだから、行き場のない遺骨が大量に保管されて霊廟のようになっている省の不気味さについては改めて言及する必要もない。

戦後70年経っても、異国の地に連れていかれたまま、どこで亡くなったかもわからない人が未だ大勢おり、その亡骸も発見されておらず、その上、遺骨収集そのものが利権ビジネスと化して、疑わしい事業になったり、ようやく収集された遺骨も、引き取り手のないまま、省庁の仮の事務室に天井にとどくほどまでにうずたかく積み上げられ、家にも帰れず、いつまで置かれるのかも分からないままに放置され、月日だけが過ぎるうちに、ますます引き取り手がなくなっていくという悲劇・・・。これが戦争の痛ましい結果である。70年前の出来事でさえこのように未解決なのだから、今再び、戦争が起きた暁にはどこに霊安室を作るつもりなのか・・・。今度は防衛省も巨大な霊廟になるのだろうか・・・。こうしてやがて国ごと霊廟と化して行くのであろうか・・・。(かなりその線が濃厚である。)



さて、「社会援護局」という名称から、「戦争犠牲者」の文言が省かれていることにも、政府の過去の戦争への反省なき上から目線の態度が表れているという話であった。そのような態度は、別な側面では、戦争被害者のみならず、ハンセン病者に対する政府の啓発活動にも見ることができる。

後述するように、ハンセン病者については、治療薬が開発され、これが不治の病ではないことが世界の共通認識となった後も、日本政府は、平成になるまで、到底、現代に似つかわしくない差別的で反人間的な強制絶対隔離政策を長年にわたって続けて来た。そのため、ハンセン病者は政府の政策として、人生を奪われて療養所の塀の向こうに強制隔離され続けたのである。小泉政権下で、2001年(平成13年)5月11日、熊本地裁で患者・元患者らが原告となって国を訴えて勝訴し、政府が控訴を断念するその時まで、日本政府はこの隔離政策を正しいものとして推進して来たのである。

このような歴史を認めるならば、政府はハンセン病に関する啓発活動において、真っ先に国が過去に行った絶対隔離政策の誤りに言及し、社会に残るハンセン病者への差別や偏見の責任は、誰よりもまず政府にあり、これを払拭する責任も、政府にあるということを認め、その事実から話を始めなければならない。

ところが、国の啓発活動には、「ハンセン病者への差別は、誰の罪によって生まれたのか」という主体の記述が丸ごと抜けているのである。たとえば、厚労省が作成したパンフレットの冒頭には、次のような導入の言葉が書いてある。

ハンセン病療養所に暮らしている元患者さんたちは、療養所の壁の外の社会にいる健常者のことを、”壮健さん”と呼んでいます。つまり、壮健さんとは皆さん自身なのです。ハンセン病の患者さんは今日まで、想像を絶する偏見と差別にあいました。私(壮健さん)は、患者さんや元患者さんたちに対する偏見や差別をなくすために、一生懸命勉強しました。私が、ハンセン病の歴史について、皆さんの疑問に答えます。」



こうしたパンフレットの文言からも明確に感じられるのは、国の責任回避及び、差別の責任の巧妙な転嫁である。

すでに述べたように、平成に至るまで言語道断なハンセン病者への絶対隔離政策をとることによって、「ハンセン病者への偏見・差別」を作り出し、積極的に社会に普及した罪は政府にこそあった。

それにも関わらず、ここで政府は「ハンセン病の患者さんは今日まで、想像を絶する偏見と差別にあいました。」と、まるで他人事のような表現で、誰がそのような偏見や差別を作り出した責任者なのか、あいまいにお茶を濁し、加害責任への言及を避けている。

そして、政府はあたかもハンセン病者の気の毒な状況に優しく寄り添い、ハンセン病者の辿った気の毒な歴史の啓発活動に従事している第三者のような態度を取っているのである。

このトリックは安倍談話で使われたものと同じである。ちなみに安倍談話では、安倍氏は従軍慰安婦について次のように言及した、「私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります」

ここには、一体、誰が「多くの女性たちの尊厳や名誉を深く傷つけ」た主体なのか、主語が全く存在しない。つまり、従軍慰安婦を作り出して女性の尊厳と名誉を深く傷つけた日本政府の加害責任というものについて、一切言及がなく(むろん、慰安婦という言葉さえ使われていない)、政府はまるでこの人々に対して罪滅ぼしの責任がないのに、あたかも女性の人権向上のためにしなくても良い仕事を積極的に引き受けて努力しているかのような表現がなされている。

こうして政府は「自分たちは可哀想な社会的弱者に同情的に寄り添い、積極的に支援している善良な慈善家・人権擁護家なのだ」という美しい仮面をかぶり、自分たちを「加害者」ではなく「支援者・救済者」であるかのように見せかけて美化し、自らの加害責任に言及することを避けているのである。

しかし、本当は、その活動は政府が自ら犠牲にした被害者への当然の罪の償いであって、慈善的な支援や人権擁護活動とは全く別ものである。加害者でありながら、「過去を、この胸に刻み続けます」とか、「女性たちの心に、常に寄り添う国」とか、「女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードする」とか、情緒的で自己陶酔的な美辞麗句をふんだんに使った過剰な自己演出は、思い上がりとしか言えず、犠牲者にされた人々にはただ嫌悪を催すだけであろう。

まるでおとぎ話の「青髭」が、人前では「愛する妻を痛ましい事故で失った気の毒な夫」を演じて悲嘆に暮れ、葬儀の列席者に「そんなに深く妻を愛していたのだな」と同情を受けようと自己演出しているかのような、そんな印象さえ覚える。女性たちを犠牲にして来た張本人が、立派な人権擁護家のようにしたたかに振る舞っているのである。加害者でありながら「世界をリードする」とは何事であろうか。

こうして、単なる「罪滅ぼし」であり「当然の償い」に過ぎないものが、あたかも人権擁護のための世界的一大救済事業のようにまで高められ、美化される。加害者が英雄にまでなる。しかし、罪を美化しているかのような、このような歪んだ自己陶酔は、日本政府にこれまで定着してきた精神性であると言って差し支えない。いや、それが日本政府だけならば、まだ話は早いのだが・・・。

話を戻せば、厚労省が前述のパンフレットにおいて「ハンセン病者」と「壮健さん(健常者)」という対立構造を巧みに作り出していることにお気づきだろうか。こうして、病者と健常者を対立させることによって、政府は自ら作り出した「ハンセン病者への差別や偏見の責任」を巧妙に社会(健常者!)の責任へ転嫁し、この問題を健常者に押しつけようとしているのである。

今まで、私は、神戸児童連続殺傷事件の犯人とされた少年Aにまつわる最近の動きにも、これと同じ構造があることを指摘した。義務教育が自分を怪物に作り上げたと告白していた酒鬼薔薇聖斗を生んだ責任は、本来、国にあるはずなのだが、これを社会に転嫁しようとする動きがあることを指摘して来た。また、同性愛者に対する差別という問題についても、同性婚を禁止してきたのは政府の施策であって、それは何ら非同性愛者の罪になすりつけられるべきものではない。もしその過去の施策が間違っていたというならば、なぜ間違っていたのかをきちんと説明した上で、懺悔を迫られるのは政府でなければならない。ところが、「同性愛者」対「非同性愛者」という偽の対立構造を作り、両者の間で憎悪を煽ることで、同性愛者への”差別”や”無理解”をあたかも非同性愛者の罪であるがごとくに非同性愛者に責任を押しつけ、非同性愛者を断罪し、罪悪感を持たせ、懺悔を迫ることで、これを解決できるかのような見当はずれなキャンペーンが行われている。こうした偽の対立構造がいかに有害であり、問題の本質を覆い隠す目くらましに過ぎないものであるかを指摘した。

難民問題もまた同じである。亡くなった男の子の写真は、人々の哀れを催すには十分すぎるほど痛ましいものであろう。だが、その背後にどんな意図が隠されているだろうか? 難民が発生した本質的な原因が誰にあるのか(シリアを内戦に導いたのは誰か)を考慮せずに、ただ難民(社会的弱者)と非難民(社会的強者)という対立構造を作っては、難民を受け入れようとしない国の人々を「利己的で偏狭な人でなし」として責め、本来、国家間の問題であるはずの事柄を、一般人の個人的な良心の問題であるかのごとく議論をすり替えることは、責任転嫁であり、目くらましにしかならない。「マスコミに載らない海外記事」に次のような記事が掲載されている。アメリカが爆弾を投下し、EUが難民と非難を受ける。これは正気ではない。

同様に、障害者への偏見や差別、または国家による障害者福祉の不足という問題を、「障害者」対「健常者」を対立させることによって、あたかも健常者の罪のようになすりつけて、国家の不作為を覆い隠そうとする構図も不毛である。

にも関わらず、多くの人々がこうした策略を見抜けずに、「社会的強者」と「弱者」という国民分断のための対立構造にまんまとはまっては、同士討ちのような不毛な論争を繰り広げて来たのである。それによって、それが本当は誰の責任であったのかという問題は、より一層、うやむやにされて行ったのである。


「ハンセン病者」対「壮健さん」という対立構造にも、それと全く同じ巧妙なトリックが見て取れる。

つまり、ハンセン病者への差別や偏見を作り出したのは政府であって、健常者ではない。本当に糾弾されるべき「強者」は、政府であって、「壮健さん」ではない。それにも関わらず、ハンセン病療養所に暮らしている元患者さんたちは、療養所の壁の外の社会にいる健常者のことを、”壮健さん”と呼んでいます。壮健さんとは皆さん自身なのです。」などと言って、政府はハンセン病者への差別や偏見・差別を払拭する責任が、あたかも一般の国民、健常者にあるかのように対立構造を作り出した上、自らはその陰に身を隠し、責任を転嫁しているのである。

こうして国は「ハンセン病者」と「壮健さん」の二項対立の陰に隠れ、あくまで「ハンセン病者を差別するのはやめましょう」と、「差別の払拭」のために善良な活動を繰り広げる第三者のような立場を取っているのである。

全く笑えないことに、このパンフレットの冒頭に登場する男性の画像には、「ojisan1」という適当な名前が付けられている。つまり、患者さんや元患者さんたちに対する偏見や差別をなくすために、一生懸命勉強しました。」と述べているのは、政府職員ではなく、名もなき一人の健常者のおじさんなのである。

繰り返すが、差別や偏見をなくすために一生懸命勉強し、国民からの問いに懸命に答えようとしているのは、官僚ではなく、名もなき一般の私(壮健さん)」のおじさんなのである。

すなわち、ここから分かるのは、国が行うこうした啓発活動においては、社会にハンセン病者への偏見や差別を積極的に普及したのは政府であるから、それを払拭する責任も、本来、政府こそが負っているのだという加害行為に対する認識と、罪滅ぼしの責任の認識が、ほとんどと言って良いほど、完全に欠けていることである。そして政府は、偏見や差別を改めなければならない責任があたかも健常者にあるかのように議論をすり替え、偏見と差別の払拭の責任を社会に丸投げし、自らは善良な啓発活動に従事するだけの立場に身を隠している。

しかし、これはとんでもない話である。もしも本来、国が責任を認めてもっとあるべき自然な文面を追及したとすれば、どのような文案になっていたかは想像にお任せしたい。たとえば次のような文案も考えられたことだろう。

「ハンセン病の患者の方々は、私たち政府が長年に渡り進めてきた誤った絶対隔離政策のために、今日まで想像を絶する偏見と差別にあってきました。国はこの政策が誤ったものであることを認め、これを撤廃し、患者さんに公式に謝罪しました。

ハンセン病療養所に暮らしている元患者さんたちは、療養所の壁の外の社会にいる健常者のことを、”壮健さん”と呼んでいます。隔離政策が誤ったものとして廃止された今、ハンセン病患者さんと”壮健さん”とを隔てる壁はもうありません。しかし、国があまりにも長年行ってきた誤った隔離政策の歴史の影響により、今でも社会にはハンセン病患者さんに対する偏見や差別という見えない壁は残り続けています。

私たち政府職員は、国が誤った隔離政策によってハンセン病患者や元患者の方々に対する社会の偏見や差別を助長して来た過去を反省し、偏見や差別を払拭し、「壁」のない社会を作るために日夜一生懸命努力しています。

患者さん・元患者さんと”壮健さん”が共に隔てなく幸福に暮らせる社会のために、また、ハンセン病に関する国の政策の歴史や、患者さん・元患者さんの存在を国民の皆さんに広く知っていただくために、私たち職員が皆さんの疑問にお答えします。」

しかし、おそらく、間違っても、政府はこのような自らの責任を真摯に認めるパンフレットを作ることはないだろうと予想される。戦争責任についても話は全く同じで、国には、国民に対する戦争加害者としての自覚が欠けているのである。欠けているというよりも、よほどこれを認めたくないのであろう。そして、国民の前ではひたすら虚勢を張って、自分たちはその手を血で汚した罪滅ぼしをすべき加害者などではなく、可哀想な国民を救済してやっている正義の味方であり、支援者なのだという仮面を被りたいのである。その態度が「社会援護局」という呼称にも表れているのだと言える。

さて、国とハンセン病の歴史はこれで終わらない。むしろ、こんなことはほんの序の口に過ぎない。それほどこの問題は奥が深い。日本政府がハンセン病患者に対して何をして来たのか、それは厚労省のウェブサイトの次の最終報告書に詳しくまとめられている。

何かと問題の多い小泉政権であったが、その中で唯一に近く(政府の施策としては遅きに失したとはいえ)至極まともな総括の一つが、この最終報告書ではないかと考えられる。それは、この報告書の中で、ハンセン病の強制・絶対隔離政策という国の過ちが、なぜこれほどまでに長年に渡って行われたのか、政府の視点からではなく、利害関係に巻き込まれることのない独立した第三者のグループの検証として、実に多面的かつ詳細な検証がなされているからである。これを読んだことがない人も、ぜひ一度目を通すことをお勧めしたい。

ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書

特に、この報告書の中で注目されるのは、狂気に憑りつかれたかのように絶対隔離政策にこだわった一部のマッドサイエンティストのような専門家と、まるで刑務所のような療養所の体制と、この問題に長年蓋をして来た政府の重過ぎる罪はいうまでもないこととして脇に置いても、これらの明々白々な罪だけでなく、他の人々は、なぜこの強制隔離政策に反対しなかったのかという問題をも真剣に追求している点である。

特に、ハンセン病者に深い同情を抱いて療養所を慰問に訪れた人々は数多く存在していた。宗教者・教育者・政治家・その他・・・。ところが、そのすべての人々が、病者を慰めることには気を遣っても、絶対隔離政策そのものの忌まわしさには目を向けようともせず、これを非難もしなかったことにより、結果的には、隔離政策という政府の非人間的な閉じ込め政策に加担し、これを補強し、助長する側に回ってしまったのである。それは一体、なぜなのかという問題が、この報告書では追求されている。

これは注目に値する問いかけである。それは、この問題が、ハンセン病者の自由の制限という問題のみならず、日本人一般の自由に対する感覚の欠点、盲点をよく表しているように感じられるからである。

この報告書は目をそむけたくなるほどの犯罪性に対しても真正面から向き合ったその検証と問題提起の深さ、鋭さにおいて、非常に深い歴史的な意義を持っている。あたかもドイツが過去の犯罪について徹底的な解明を行なったのと似たような、時代を超える普遍的な価値を持っていると言えるだろう。

だから、私はこの報告書を一つの参考としながら、療養所を慰問した人々が、ハンセン病者のつらい境遇を慰めようとしつつも、どのようにその慰めと励ましによって、かえってこれらの人々に黙って閉じ込めという抑圧政策におとなしく同意するよう圧力をかけ、縛って行ったのか、その心理的カラクリについて改めて考えてみたい。

政府の施策を糾弾するだけならば、誰にでもできるだろう。だが、それを助長した無数の体制があったということをも理解しなければならない。それは「ハンセン病者」対「壮健さん」などという皮相なレベルの話では決してない。

つまり、彼らの自由を抑圧し人権をはく奪するためにどんな口実が用いられたのか、そのトリックの嘘は本当に打破されたのか、むしろ、今日も使われているのではないか。そうした問題を考えて行く時、おそらく、この問題は終わっておらず、しかも、閉じ込められているのは、ハンセン病者だけとは言えないこと、同様の隔離政策は、いついかなる場所にでも、形を変えて存在しうることが見えて来るのである。

さて、結論から言えば、そこには、二つの根本的な心理的トリックがあったように思われる。それは、偽りの同情によって促進される身代わりの犠牲への同意というマインドコントロールと、宗教そのものが持つ隔離的性質の影響である。検証報告では、天皇制が隔離政策に与えた影響と、宗教が与えた影響の両方について言及されている。そして、私はこの二つは本質的に同根であると考えている。これから、この問題をさらに掘り下げて考えていきたい。

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