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私ではなくキリストⅦ(東洋からの風の便りIV)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。Ⅱコリント4:18

主が神であればそれに従い、バアルが神であればそれに従え

世界(我が国を含む)が反キリストの王国の確立に向けて動いているということはネット上ではすでに常識のようになりつつあるが、あたかもこれに反対し、国の腐敗を憂えているように見える人々の中にも、明確に現人神信仰と、キリスト教への憎悪が形成されつつある。

特に、政府や政治家の腐敗を糾弾しながら、同時に、聖書やキリスト教に激しい憎悪や侮蔑、敵意を示す人々の出現には注意が必要である。なぜなら、「宗教全般及びキリスト教への憎しみ」というものは、反キリストの明確な特徴であるからだ。

「だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。

彼は、すべて神と呼ばれるものまた礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。」(Ⅱテサロニケ2:3-4)
 
つまり、反キリストの霊の特徴としては、あからさまに自分がキリストだと偽って名乗るものもあれば、同時に、宗教などすべて信じないと宣言し、あたかもどんな神も信じず、信仰そのものを持っていないかのように振る舞いながら、同時に、自分が神であると考え、自分を何者よりも高く掲げるタイプもあるということだ。

これまで述べて来たように、この世には人間の救済に関してたった二つの答えしかない。一つ目は、神の側からの介入によってしか人は救われないという道(これは十字架で身代わりに死なれたキリストを信じて救われる道であり)、もう一つは、生まれながらの人間は内に神聖を宿しており(覚醒することにより)自力で神に至ることができるというグノーシス主義である。

反キリストは例外なくグノーシス主義者である。あからさまに現人神への信仰を持っている人々だけが危険なのではなく、あらゆる宗教への侮蔑の感情を持っている人々も、すべての宗教を否定した上で、自分が生まれながらに神である(神的要素を持っている)と考えるグノーシス主義者であり、その点で反キリストの霊の持ち主である危険性が大いにある。
 
宗教全般への憎悪(とりわけキリスト教への憎悪)は、まだそれほどはっきり(政治や社会の)表舞台に出て来ておらず、水面下でくすぶっているような状態ではあるが、聖書と唯一の神、キリスト教とクリスチャンへの尽きせぬ憎悪と敵意こそ、反キリストの最大の特徴であるから、まもなくそれは公式な運動として表に出て来るであろうと考えられる。

このキリスト教への憎悪は、内側からの破壊型(乗っ取り型)と、外側からの攻撃型と2種類に分けられるだろう。内側からの破壊型とは、ペンテコステ運動やカルト被害者救済活動のように、疑似キリスト教的異端がキリスト教を装いながら、キリスト教界の内部に侵入することによる。こうしたイデオロギーを信じた人々は、あたかも純粋なキリスト教徒であるかのように装いつつ、キリスト教界の内側から、既存のキリスト教界を激しく批判して断罪し、自分たちこそ「まことのキリスト教」だと主張して、改革を唱えながら、キリスト教を乗っ取って破壊して行くという特徴がある。

(ペンテコステ系のAG教団に属する信徒らがどのように他教会に潜入し、またはネット上でどのような弾圧を繰り広げ、異端的思想を拡大し、反対者をせん滅することで、キリスト教界の内側からの瓦解を助長して来たか、その実例はすでに記事で挙げて来た通りであるため繰り返さない。)

これに対し、外側からの攻撃型とは、明らかに既存のキリスト教の外側から、キリスト教そのものへのあからさまな敵意と侮蔑を持って激しい攻撃や弾圧として臨んで来る力である。(これはまだ公然と表面化はしていない。)

いずれにしても、キリスト教はすでに内側から激しい攻撃を受けて弱体化を迫られているが、この先、外側からも攻撃されて、ますますこれを自壊へと追い込もうとする力が強まると予想される。もしもこの先、改憲が成就し、政府が公に天皇崇拝と結びついて行くようなことがあれば、その時こそ、キリスト教に対しては、あからさまに外側からの弾圧(現人神信仰の強要とそれを拒否した結果の排斥)が行われるであろうと考えられるので、このような結果に至りたくなければ、改憲派にチャンスを与えるべきではない。まして緊急事態宣言など論外である。

さて、この先、偽りの現人神である反キリストによる地上の王国の樹立を後押しする一群の中には、以下のようなものが含まれると私は考えているので列挙しておきたい。(その中には、表向き、反キリストの到来に反対しているように見える集団もある。)

これらは一見、バラバラの異なる潮流のように見えるが、最終的には、どれもこれも現人神信仰(生まれながらの人間を神とするグノーシス主義)へ合流し、いずれキリスト教に敵対して来ると思われるため、以下に分類しておく。

➀ 政府を支持し、天皇崇拝を支持しながら、そのまま「神国日本」を唱えて行くであろう一群
② 政府や政治家の腐敗を糾弾しつつも、天皇を支持し、最終的には天皇を頂点とする「神国」建設へと合流して行く一群
③ 政府や政治家の腐敗を糾弾し、天皇崇拝を否定しながらも、日ユ同祖論を提唱し、最終的には「神国日本」建設へ合流するであろう一群
④ 政府や政治家の腐敗を糾弾し、天皇崇拝を否定しながらも、キリスト教(宗教全般)への憎悪と軽蔑を表明し、最終的にはキリスト教徒への憎悪から政府の弾圧に与し、「神国」建設へ合流するであろう一群
⑤ 政府や政治家の腐敗を糾弾し、天皇崇拝を表向き否定しながらも、牧師制度を肯定する偽りのキリスト教に所属し、政府の施策への草の根的な反対運動に見せかけた人工芝社会活動を通じて、国民を改憲へ誘導し、最終的には天皇崇拝へと道を開き、「神国」建設へ助力するだろう一群
 ⑥ 日本民族を「神国」として高く掲げながらも、ロシア賛美、ロシア大統領賛美を通じて、他国のカリスマ指導者に国を統治してもらうことを期待し、国家としての主権を自ら放棄し、かつての捕虜同然に労働力としてシベリアへ移住することを自ら望む一群   
etc.

これらすべての潮流は、表向きの思想的違いに関わらず、必ず、天皇崇拝という現人神信仰と「神国日本」の建設へと道を開いて行くであろうと予想される人々である。さらに、今、政治社会の情勢不安をネタとして様々な反対運動が起きているが、それが支持者による募金活動によって支えられているならば、それはビジネスであるということを断っておきたい。

どんなに宗教を軽蔑しているかのように口で唱え、自分は宗教と無縁であると標榜していたとしても、やっていることが牧師と同じであれば(献金で自分を養っていれば)、本質的には彼らは仲間同士なのである。

そんなこともあって、私はまことの信仰者の財源はこの世の支持者でなく、ただ天におられる見えない神ご自身でなければならないと考えている。これは一つの厳しいバロメータであり、実験でもあるが、もしもある人の活動が本当にまことの神によって支持され喜ばれている真実なものであれば、必ず、人知によらず、神ご自身が不思議な方法でその人を保って下さるはずであり、人からの支援を乞うて人に依存する必要はないのだと確信している。

さて、断っておきたいのだが、改憲派の目的は、キリスト教徒の弾圧にある。何度でも繰り返したいのだが、改憲が成し遂げられて、天皇を国家元首とし、緊急事態条項が制定されれば、その先に待っているのは、天皇を現人神として拝むことが万人に強要される生活であり、その結果として、必ず、キリスト教徒への弾圧が起きる。というよりも、まず、彼らは改憲によって、天皇を国家元首として天皇崇拝を復活させる道を開き、やがてその先、宗教全般、および、特にキリスト教を弾圧して、反キリストを拝ませることを、その本来的な目的としているのである。

緊急事態条項なるものは、国の存亡の危機を口実として、政府にとって好ましくない人々、特に、反キリストを拝まない人々を「始末する」ことを隠れた目的とする法整備である。

緊急事態を宣言する必要性を国民に納得させるために、政府は北朝鮮のミサイルだの、中国の脅威だの、イスラム国だの、あまたの脅威をその時々に作り上げては危機感を煽っているだけである。これからもまた新しい「様々な危機」が作り出されて行くであろう。

しかし、その本当の狙いはキリスト教徒の弾圧にある。これが荒唐無稽な作り話でないことは、カルト被害者救済活動の暴走を振り返れば分かるだろう。

カルト監視機構は、「キリスト教界の危機」を唱えて、一見、異端の流入やカルト化の取り締まりという名目のために提唱されたが、実際に、これを支持した人々がキリスト教界に導入したものは、テロルだった。

カルト化の取り締まりを口実に、疑わしいクリスチャン、気に入らないクリスチャンや教会への弾圧、無差別的な私刑が行われたのである。

すでに述べて来たように、これは「キリスト教界の危機」を口実とした、教界内のクーデター、権力奪取の試みであった。そしてこの聖書にも法にも常識にも教会内手続きにさえ基づかずに行われた違法なクーデターには、牧師や、教会でそれなりの要職にある信徒のみならず、何の肩書も資格も持たない、何者かさえ分からない自称クリスチャンが数多く参加し、無法者たちによる全く常軌を逸したリンチへと発展して行ったのである。

私はそもそもの初めから、これがまことのクリスチャンを迫害し、キリスト教界そのものを弱体化させることを隠れた目的とした聖書に基づかない正義の欠落した運動であることを幾度も訴えて来た。

だが、このカルト被害者救済活動の暴走なるものは、単なる予表に過ぎない。

カルト被害者救済活動の暴走はネットを主体として起きた事件であるが、これから定められようとしている国家存亡の危機を口実とした緊急事態条項なるものは、全国民生活に直接、影響を及ぼそうとするものである。

だから、国民は、そして、特にクリスチャンは、改憲が一体、何を真の目的としているのかを見抜くべきである。すなわち、緊急事態を隠れ蓑にして、実際に行われるのは集会の禁止、国民の自由の制限、逮捕、抑圧等々の恐怖政治であることを理解しなければならない。

一旦、緊急事態宣言が出されれば、いつまで続くかも分からない戒厳令下の冬の時代が到来し、国民は権力の思うがままに抑圧され、再教育を受けさせられる状態となるだろう。その時には、名目だけの実質のないクリスチャンが何より大切にしている日曜礼拝さえも、禁止されることになるかも知れない。

何度でも繰り返すが、緊急事態(戒厳令)の導入の目的はクリスチャンの弾圧にある。そこにあるのは皇帝ネロの精神である。だから、このような人殺しの思想の支持者にならないためには、キリスト教界を非難することや、宗教を拒むことと、聖書や神そのものを拒み、クリスチャンを憎悪することを絶対に混同してはならない。

教会やクリスチャンの腐敗や堕落という問題と、聖書そのもの、引いてはまことの神ご自身がどういう方であるかという問題は全く別なのである。すでにカルト被害者救済活動において見て来たように、教会とクリスチャンにつまずいたことをきっかけに、神への畏れさえ失い、神と全クリスチャンへの尽きせぬ憎悪に至るケースは多々見られたが、そのような人々の人生の行く末に待っているのは破滅だけである。

私たちはこのようないわれなき敵意と憎悪の感情を拒否しなければならない。
 
さらに、宗教を軽蔑することは簡単だが、聖書が分からなければ世界的に起きていることの背後にある構造を理解することはできない。戦前の国家神道だけを取っても、それがどれほど深いキリスト教への対抗意識から形成されたか、共産主義思想はどこから生まれたのか、これらは全て聖書が土台であり、従って、聖書が何を言っているのかを理解しないままに、どんなにその対極にある思想だけを取り上げて糾弾しても、あるいは、目先の現象だけを論じ糾弾しても、深く本質的なレベルで物事を解明することはできないのである。

にも関わらず、ペンテコステ運動や、カルト被害者救済活動においてもそうであるが、きちんと背後にある思想的背景を理解した上で物事を深く考えることそのものを厭い、軽蔑するような軽薄で愚かな風潮が至るところで生まれており、それが浅はかな義憤に基づく反対運動へと人を駆り立てている。これは知恵に逆らう盲目と愚かさへの道であり、危険な兆候である。

さて、自民党の緊急事態条項案の恐ろしさについては、いくつも論評がなされているが、たとえば、下記のような記事を引用しておくだけでも十分であろう。

フランスの非常事態宣言よりはるかに危険な自民の緊急事態条項案


mimiの日々是好日 より 2016/1/5(火) 午前 7:18
 フランスは目下非常事態宣言の3ヶ月間延長の最中です。
 弁護士が運営しているブログ「Everyone says I love you !」が、その実態をレポートしました。
 同ブログにはフランスの実態を写した豊富な写真が掲示されているので、現地の緊迫した雰囲気が伝わってきます(記載のタイトルをクリックすれば元の記事にジャンプします)。
 
 そしていずれ提出されるであろう自民党の「緊急事態条項案」は、フランスの現下の非常事態宣言よりもはるかに危険なものであることを具体的に述べています。
 以下に紹介します。
 
  註.文中の茶色部分はクリックすると元の記事にジャンプします。
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人権停止がエンドレスの自民党改憲草案「緊急事態条項」
Everyone says I love you ! 2016年01月04日
 喉元過ぎれば熱さ忘れる、と言いますが、日本ではめったに報道されることのなくなった2015年11月13日に発生し、130名もの尊い犠牲が生じたパリ同時多発テロ。
 この同時多発テロを受けて、オランド大統領により発令された非常事態宣言は法律の規定で12日間だけのはずのところ、11月20日に3か月の延長が決まり、現在、非常事態宣言は継続中です。
 
 
 さらに、フランス政府は12月23日の閣議で、非常事態の発動要件緩和など大統領権限を強化する憲法改正案を国会に上程することを決めたのですが、その改正案に、テロに関与した二重国籍者からのフランス国籍剥奪、テロ容疑者らの移動制限強化などを盛り込む方針を決定しました。
 これを受けて、ヴァルス首相は記者会見して「テロの脅威はかつてなく高まっている」と述べ、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いに全力を挙げる必要性を強調し、2016年2月3日に憲法改正案を国民議会(下院)に上程すると述べました。
 
 
 実は、今発令されているフランスの非常事態宣言は、フランスの憲法に規定のあるものではなく、一法律によるものです。
 フランスには、日本で議論されている緊急事態条項に類するものとして、
1 憲法上の戒厳令 秩序維持の権限が行政府から軍隊に移される
2 憲法上の非常措置大権 大統領に基本的人権を制限するなどの大権が与えられる
3 緊急状態法による非常事態宣言で警察権が強化される
の3つがあり、今回はこの3による措置が取られているのです。
 
 ちなみに、日本の自民党が憲法改正草案に規定しているのは2ですからね。今から、フランスの3を見ていきますから、これが2になったらどれだけ恐ろしいか、よく想像してみてください。
 
 フランス全土に非常事態宣言が出されてから一か月半。
 テロのあったパリを中心に、美術館や図書館が閉鎖され、集会やデモの許可が取り消されました(集会結社の自由の制限)住民には不急の外出を控えるように通達されています(移動の自由の制限)
 警察権の強化により、内務大臣が「公の秩序と安全に対し危険な活動をしている人々」を自宅軟禁することができる権限を持ったため、テロからたった一週間で164人を自宅軟禁状態としました(移動の自由の制限
 また、裁判所の令状なしに、昼夜問わずに家宅捜索したり、武器を押収したりすることも可能となるそうなのですが、ヴァルス首相によると、これまで令状なしに793件の家宅捜索がなされ、174件の武器押収がありました(刑事手続きにおける適正手続きの修正)。
 その後、一か月で、令状なしの家宅捜索の件数は3000件に及んでいます。
 さらに、命令のあった場所・時間における人や車の交通が禁止されたり、安全地帯が設定されたりすることで、移動の自由が制限されています。また、コンサートホールなどの興業場、酒類の小売店閉鎖命令など、行動の自由も制限されているのです。
 軍隊も警察活動に従事する。
 
 これらのフランスの非常事態措置は法律に基づくものなので、これから憲法違反であるという裁判が起こされることも考えられ、だからこそフランスは憲法改正によって、これらの措置に憲法上の根拠を与え、違憲主張を封じようとしています。
 
 ところが、日本の緊急事態条項はいきなり憲法に規定を設けるので、それに基づいてあとから作る法律は、憲法上の根拠に基づくものということで憲法違反という主張を全くできないことになりかねません。
 さらに、困ったことには、自民党の憲法草案の規定では、緊急事態条項が発令できる場合が、戦争、災害、秩序の混乱その他となっていて、総花的ですから、パリのような警察権の強化だけでなく、国民の財産権や表現の自由・知る権利・通信の自由の制限まで考えられます。
 たとえば、自衛隊が出動して勝手に庭が使われてしまうとか、食料などが徴収されるとか(財産権の制限)、混乱防止のために携帯・スマホやネットの利用が制限されるとか(通信の自由の制限)、報道が規制されるとかです(表現の自由、知る権利の制限)。
 しかも、内閣総理大臣は国会が作る法律と同じ効力を持つ緊急政令を出せることになっているので、緊急事態前に法律がなくても、バンバン政令を発布して人権を制限することができます。
 
 そして、フランスの非常事態宣言よりもっともっと恐ろしいのは、日本の自民党の緊急事態条項がもっともっと恐ろしいのは、いつ終わるか期限がなくてエンドレスなところです。
 フランスでは、12日間の期限を延長するために法改正をして3か月に期限を延長しているわけですが、これをさらに延長しようと思うとまた新法を制定しないといけません。
 ところが、自民党の改憲草案ではこうなっています。
 
第99条第4項
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
 
 期間制限は法律に委ねられていて、憲法上は白紙です(100日を超えるたびに国会承認が必要とだけ規定されている)。
 おまけに、議員の任期を特例で延長を伸ばすことができて、さらに緊急事態宣言が出されていると衆議院は解散がない、つまり総選挙がないので、緊急事態宣言を承認した国会議員を選挙で落とすことができませんし、緊急事態にした内閣も変えられないのです。
 これ、酷くないですか?政府はやりたい放題ですよね。これが日本の緊急事態条項が世界に誇る?恐怖の制度の実態です。
 
 
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こんな危険な緊急事態条項が、野党の中でも国民の中でも、改憲の中で一番評判が良くて、安倍政権も突破口と見ているだなんて信じがたいです。
みんな、信じがたいバカだ(ごめん!)

一体、こうした抑圧が正当化され、破壊行為が行われるのは何のためなのか。旧体制に属する不都合な人々を駆逐して、新しい秩序を打ち立てるために他ならない。すでに解釈改憲等によって国の乗っ取りは行われているが、緊急事態は、これまでの体制を完全に転覆させるためのクーデターの総仕上げであり、革命成就なのである。

TPPの奥にあるもの
兵頭に訊こう」から抜粋 2016年2月8日

「TPPは、ワン・ワールドに向けての大きなステップになる。一度入ったら、もはや抜けることはできないだろう。

第三次世界大戦の後に、国際銀行家たちは最後の社会変革(破壊)を実施する。その社会変革(破壊)は、「イルミナティ」を実質的に創設したアダム・ヴァイスハウプトによって、次の6点として構想されている。以前にも紹介したが、新しく読者になった人もいるので、再録することをお許し願いたい。

1 秩序ある国家政府すべての廃止

2 財産権の廃止

3 私有財産の廃止

4 愛国主義の廃止

5 あらゆる文明基盤としての個人家庭の廃止

6 既存宗教すべての廃止(結果として全体主義というサタンのイデオロギーが人類に課されることになる)」


私はここでイルミナティや世界統一政府について書くつもりはないが、ただ、上記のような項目に反キリストのイデオロギーの特徴が表れていることは確かである。また、この国がすでに共産主義に向かっているという点は、何度、強調してもしたりない事実である。

我が国では、これまで、個人の財産、個人の願望、個人の家庭、個人の生き様というものが、多少ではあったが許されて来た。人が努力して働き、自分の夢に向かっていれば、あたかもそれがかなうかのような幻想があった。サラリーマンには一生の保証があり、中流階級の謳歌する平均的な幸福のモデルがあった。しかし、今はもうそうではない。

その当時からこの国は、実際には経済成長だけを至上の価値とする間違ったイデオロギーに基づいて突き進んで来たのであり、中流階級の夢も幻想のようなものでしかなかったが、ここに来て、その幻想さえ弾け飛び、マモンの神の経済とそのイデオロギーがついにマイナスの正体をはっきり現して来たのである。

個人が個人のために生きられる時代はすでに過ぎ去り、今や個人の持てるものはすべて国家のため、組織のため、全体のために共有財産として差し出されるべきという時代が到来している。一生懸命勉強して知識を蓄えても、その知識はあなたのためにならず、皆のための共有財産として無償で差し出さねばならない。地上の口座に蓄えた自分のための預金は、国家のものとして横領され、私有財産さえも悪であるかのようにみなされて蓄えることもできない。国家や組織の承認がなければ、結婚することも子供を持つこともできず、さらには生まれた子供さえお国のものとして取り上げられるであろう。

これが共産主義の正体である。共産主義とは、横領の精神、盗人と人殺しの精神に基づいたものに他ならない。それは、あなたの持てるすべての能力と可能性と財産を誰かが勝手に取り上げ、縦横無尽に利用することを是とするイデオロギーである。あなたの能力や財産だけでなく、あなた自身が万人(国家、社会)の共有財産とされるのである。

今更言うまでもないが、教会を思い浮かべてもらえばすぐに分かるだろう。そこでは、あなたの持っているすべての優れた能力は、「神への奉仕」と称して教会がいくらでも利用できる共有財産、労働力とみなされている。むろん、その労働に報酬などない。その「ありがたい」奉仕の提案を拒否し続けるような不届きな信徒は、そもそも教会に所属してもらっては困る。たとえば、教会が巨大な礼拝堂の借金で苦しんでいる時に、あなた一人、教会債を買わず、そんな債務を自分が負担する義務はないと言い張るならば、他の信徒たちから白眼視され、村八分にされることだろう。それでもあなたがあくまでそこに残り続けようとするならば、いずれあなたは不都合な信徒として断罪され、異端者、悪魔の手下とされて魔女狩りの対象となり、追放されるだろう。

つまり、教会では、偽りの神の国という共産主義社会を打ち立てるために、(罪の)負債を集まった信徒らが連帯責任として負うことが求められているのであり、これに従わない信徒が異端者とされて駆逐されているのである。共産主義社会とは、罪の連帯責任の社会だと今までずっと主張して来たのはそのためである。そこでは、その連帯責任から逃れて自由になろうとすることが「罪」とされるのである。

カルト監視機構なるものは、望ましくない信徒や教会をいつでも(誰かが恣意的に)弾圧することを可能とする異端審問の制度を公式にキリスト教界に打ち立てようとする発想であったが、緊急事態宣言なるものも、共産主義社会へ向けて、不都合な人間を駆逐するための異端審問、これに基づく恐怖政治を暗黙の裡に行うための状況作りに過ぎない。そして、この異端審問は秘密裏に行われるのである。だから、いざ、戒厳令下の社会となれば、そこでどれだけの人々が、どんな罪で、どんな風に抑圧されたのかは、決して発表されず、統計も出ない。たとえおびただしい数の人々がよく分からない理由で突然、姿を消したとしても、誰にも分からない。

そんなことがこの現代社会に通用するだろうか? いや、フランスではすでに実行されている。初めは12日間と言われていたものが、3か月になろうとしている。だから、今、言えることは、このような盗人と殺人者の体系は許してはならないし、そこからは早急にエクソダスせよ、ということだけである。

キリストの十字架を介さずに、人類の力で共産主義ユートピアを打ち立てようとする実験に巻き込まれれば、あなたは途方もない負債を負わされることになる。

ソ連は、社会主義革命後、すぐに泥沼の国内戦に突入し、国力が疲弊したので、レーニンがしばらくの間NEPを導入し、一時的に資本主義のような経済活動が許された。それにより、束の間、国力が回復へ向かったが、スターリンはこれも廃止した。

世界革命を当てにしていたのに、資本主義国の敵意に囲まれながら、一国社会主義路線をとるしかなくなり、世界から孤立したまま、ロシアは自力で共産主義ユートピアを打ち立てるという実験を一国だけで続行しなくてはならくなった。戦争で国土が疲弊したマイナスからの出発、ただそれを回復するだけでも負担ははかりしれないほど重い。それなのに、世界に先駆けてユートピアを樹立するという(どこかの「輝ける国」によく似ていないか。)その財源を一体、どこから捻出するのか? 国民から取り立てる以外にはあるまい。

20年代の終わりに、スターリンによって強制集団化の路線が取られると、全国で一斉に国民に対する納税額が引き上げられ、突如、貧しい農民に払いきれない高額な税金の納付書が届いた。穀物挑発が行われ、農家が隠れてたくわえていた農産物はことごとく摘発された。富農を敵視する風潮が作り上げられ、自分のために財産を蓄えることは罪とされた。こうして、疲弊した国力を回復し、ユートピア社会を樹立するための総力戦は、国民にとって負いきれない重荷としてのしかかった。

国家が課した義務に応じられない国民は容赦なく罪に問われた。家畜に対する税が払えないので家畜を殺しても罪に問われる(なぜなら家畜も国家財産だから)。飢えてコルホーズのジャガイモを一個盗んでも国家財産の窃盗として死刑に処される。さらには、国を脱出しようとしても、祖国への裏切りの罪として死刑にされる。労働条件は極めて厳しく、たとえば、ある職場では、労働者が職場に三回遅刻すれば即クビだ。労働者が妊娠していようと子供がいようと一切酌量はない。肥大した官僚という一部の特権階級を除き、一般の国民は居住移転職業選択の自由もなく、貧しく緊縛されたまま、とことん労働力として重い義務を課せられ、消耗品として使い果たされるのみ。

同時に、思想的な弾圧も進行する。1930年に至るまでの間に、大学関係者など知識人の間では自由にものが言えない空気が作り上げられていた。反体制的な人々は革命後から亡命するか、国外追放されるかなどしていなくなり、それでも残った人々は、厳しい弾圧にさらされることになる。

国民同士が反体制的な疑いのある人間を互いに密告し合うことが奨励される。そして、疑心暗鬼が広まり、やがて、反体制であろうがなかろうが、深夜に秘密警察がやって来て、国民が無差別に逮捕され、容赦なくテロリストの嫌疑をかけられて銃殺されるか、強制収容所に送られて労働力として使い果たされる大粛清の時代へと向かって行く。数えきれない人々が証拠もなく「人民の敵」とされて社会から姿を消して行った。

こうして、人類を労働によって浄化しようとした社会主義国は、恐るべき異端審問、魔女狩りを生んだ。初めは一部のブルジョアジーだけを弾圧すれば済むと言っていたその魔女狩りは無差別的に拡大し、巨大な秘密警察組織を生み、ついにほとんどの国民がテロリストや国家反逆罪の汚名を着せられてターゲットとなるまでに至り、高級官僚さえも粛清におびえながら暮らさなくてはならなくなる。そして、彼らが賛美していた労働なるものも、ついには強制労働収容所という恐るべき人間改造の装置まで生み出した。むろん、そんな方法で人間を改造できるはずもない。だから、労働は人間を改造するどころか、とことん抑圧し、その尊厳を貶める装置と化したのである。

だが、ソ連に限らず、キリストの十字架によらずに、人類を罪や悪から浄化して理想社会を打ち立てようとすれば、例外なくこのような結果となる。カルト被害者救済活動も、必ず同じ結末に至ると警告して来たし、事実その通りになった。それは、まことのただお一人の神によらずして、人類はいかなる形でも自己救済できないということは、歴史上、変わらない霊的法則性だからである。

我が国は、これまで市場原理主義という歪んだイデオロギーに基づいて、人間を組織や国家のための労働力(道具)として来たが、その結果、やはり今、同じ結果に至りつこうとしている。

もはや労働の意味が変質してしまっていることに気づくべきである。同じように、国家の意味も変質している。ちょうど教会で「神へのご奉仕」として課せられる様々な義務が、決してまことの神への奉仕につながらないように、労働もいつの間にか、偽りの神に仕える「ご奉仕」へと意味がすり変わっているのである。そして国家も、偽りの神のために生贄となる人材を逃がさずに蓄えておくための囲いと化してしまっている。日本の若者は恋愛をしなくなったのはなく、個人家庭が事実上、暗黙のうちに禁止されているだけである。家畜がいつ繁殖するかを決めるのは、家畜自身ではなく、家畜の持ち主だというわけである。

何度も繰り返すが、エクソダスの時が来ている。このような人間に恐怖をもたらすだけの「ないないづくし」の世界からは早く出て、まことの神のいのちの豊かさに至るべきである。どんなに神を詐称していても、目も見えず耳も聞こえない偶像は何も生み出すことはできない。偽りの神は、せいぜい、あなたから取り立てることができるだけである。しかし、まことの神は「私はある」と言われる方であり、無から有を生み出すことのできる方である。あなたから盗んだり、あなたを殺し、滅ぼしたりするためでなく、あなたに命を与えるために来られたのである。

己を神とし、人間を神として拝んで生きるのか、それとも、まことの見えないただお一人の神のみを主として生きるのか。誰に栄光を帰するのか。人間か、それとも、見えない神か。どちらに仕えて生きるのか、それはあなた自身の選択である。

神はご自分に仕える者が誰であるか知っておられる。ご自分に頼る者を決して見捨てることはない。過越しの中に、御子の血潮の中に隠れるべきである。
 
「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え。」(Ⅰ列王記17:21)

「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。<…>」(創世記1:28)

「<…>私は門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。盗人が来るのは、ただ盗んだり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」(ヨハネ10:9-10)

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